吉原では様々な行事が行われますが、3大行事といえば、春の夜桜、玉菊灯籠(たまぎくとうろう)、俄(にわか)。春は、吉原に運び込まれた開花直前の桜の下で行われる花魁道中を一目見ようと、多くの人が見物に訪れたそう。
7月いっぱい行われる玉菊灯籠では、引手茶屋の軒先に灯籠をつるします。かつて吉原内の角町の玉菊太夫は、才色兼備で慕われる人柄だったものの、大酒がたたって25歳という若さで生涯を終えました。玉菊灯籠は、玉菊を偲んで引手茶屋の有志が灯籠を飾り霊を弔ったのが始まりで、毎年行われる恒例行事になったとか。

8月に行われる俄は、賑やかなパレードです。芸者、そして引手茶屋や妓楼の奉公人も参加し、鳴り物付きで踊りや芝居をしながら練り歩くのですから、これもきっと見物客が多かったことでしょう。
■出費が倍になるイベントって!?
紋日(もんび)も、吉原のメイン行事の一つです。この日は、遊女の揚代や食事、宴会代、祝儀などを通常の倍払わなければいけませんでした。遊女は豪華な衣装を身に纏うので、遊廓内はいつもにまして華やかだったことでしょう。
儲けが倍になるのは店にとっては何かと助かるからか、はじめは年25日くらいだった紋日が、享保(1716~36)の頃には、なんと85日くらいも増えたそう。この紋日は、遊女も馴染み客に来てもらおうと必死です。とはいえ、客だって紋日のたびに足を運んでいたら、割増料金に出費がかさんでしまって悩ましいところでした。
一年で最初の紋日にあたるのが1月2日。
参考文献:大江戸探検隊(2003)大江戸暮らし、田中香織(2002)『お江戸吉原草紙』
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