江戸時代グルメ雑学(7)江戸の高級寿司屋バトルにお江戸は騒然?

江戸時代グルメ雑学(7)江戸の高級寿司屋バトルにお江戸は騒然?
拡大する(全3枚)
「江戸時代グルメ雑学(1)「握り寿司」は江戸っ子が生んだファストフード」で、江戸時代、華屋与兵衛が開業した高級寿司店を、少しだけ紹介しましたが、本項ではその与兵衛寿司とそのライバルに付いて紹介していきます。

江戸時代グルメ雑学(7)江戸の高級寿司屋バトルにお江戸は騒然...の画像はこちら >>


■ゴージャスさでは随一!江戸っ子垂涎の与兵衛寿司

握り寿司の考案者とも言われる華屋与兵衛が文政7年(1824年)に開業した寿司店の特徴は、初のワサビ使用だけでなく、豪勢なネタをふんだんに使っていたことです。飲食店における他業者との競争は当時から激烈で、与兵衛がぜいたくな寿司ネタを使わざるを得なかったのは、そうした競争に原因がありました。

また、天保の改革(1830年~1843年)でぜいたく禁止令が出た時は、“アナゴの寿司を扱った”との理由で彼が逮捕されたことがあったという逸話も残っています。天保の改革が終わった15年後の安政5年(1858年)に60歳で与兵衛は亡くなりますが、その流れを汲む店は昭和5年(1930年)に閉店するまでのおよそ百年以上、両国で営業し続けました。

■伝統の名店毛抜鮓と、上方の実力派松が鮨とは?

江戸時代グルメ雑学(7)江戸の高級寿司屋バトルにお江戸は騒然?


与兵衛の華屋には、同業者のライバルで共に江戸三鮨と賞賛された競合店がいました。江戸で一番高級な寿司と言われた堺屋松五郎の松が鮨、松崎喜衛門の老舗・毛抜鮓と言った名店です。

堺屋松五郎は泉州堺(今の大阪府)で産まれたと言われており、文政13年(1830年)に深川の安宅六間堀に『松が寿司(別名安宅松が寿司)』を開店した寿司職人です。彼が考案して売り出した寿司は豪華絢爛で、江戸名物誌と言う書籍には『卵は金の如く魚は水晶の如し』と書かれ、大判錦絵にも描かれるなど評判を呼びました。

この記事の画像

「江戸時代グルメ雑学(7)江戸の高級寿司屋バトルにお江戸は騒然?」の画像1 「江戸時代グルメ雑学(7)江戸の高級寿司屋バトルにお江戸は騒然?」の画像2 「江戸時代グルメ雑学(7)江戸の高級寿司屋バトルにお江戸は騒然?」の画像3
編集部おすすめ

当時の記事を読む

Japaaanの記事をもっと見る

トピックス

今日の主要ニュース 国内の主要ニュース 海外の主要ニュース 芸能の主要ニュース スポーツの主要ニュース トレンドの主要ニュース おもしろの主要ニュース コラムの主要ニュース 特集・インタビューの主要ニュース

もっと読む

ライフスタイルニュースランキング

ライフスタイルランキングをもっと見る
お買いものリンク