宮沢賢治の童話の特色として挙げられるのが、多彩な要素を交えた世界観があることです。賢治自身は日蓮宗に帰依した仏教徒でしたが、作品には聖書を基にしたものや多神教的な世界観が多く描かれます。
本項では、そうした描写が色濃く描かれた『オツベルと象』を紹介していきます。

■ファンタジックと鬱展開を醸し出す、多様な世界観!

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『オツベルと象』の始まりは、オツベルと言う大金持ちの家に一頭の白い象(仏教では聖なる動物)が来たことから始まります。その聖獣である白象が言葉を話し、楽しげに働くのに味を占めたオツベルは、彼の足に鎖をつけ、かつ日々の餌も減らしてこき使ったため、象は苦しんだのでした。

一部始終を天から見ていた月と赤衣の童子の助けで白象の危機を知った象達は激怒し、 『グララアガア』 と奇声をあげてオツベル邸に殺到します。オツベルも拳銃で反撃を試みるが失敗し、象達に屋敷中を壊された揚げ句、自身も踏み潰されてオツベルは死に、白象は助かります。

そうしたファンタジック、鬱展開から大逆転に移る痛快さから人気が高いこの童話は、よく見ると様々な宗教からなる世界観からできています。一番目立つのは、お釈迦様や普賢菩薩などの仏様に縁深い象、仏像に多い赤衣の童子、沙羅双樹(仏教神話に登場する植物)があるなど、仏教的な色合いが強い描写です。

一方で、象が疲労感や苦痛を訴える時に『サンタマリア』つまり聖母マリアを意味する祈りを口にするなど、キリスト教的な用語が唐突に出るのも特色の一つと言えます。また、人語を話して助言を与える月は日本神話の月詠尊を始め、各国の神話に多く登場する神格で、このモチーフはどこか多神教的ですね。

日本人は様々な価値観や思想を織り交ぜるのが好きと言われますが、信仰に生きた賢治もその例外に漏れず、帰依していた仏教だけでなく様々な思想書や宗教書を読破した彼らしく、色々な宗教から来る世界観を見事に織り交ぜ、『オツベルと象』の世界を描いています。

■ラストシーンの空白は何?

ファンタジックと鬱展開!宮沢賢治の名作童話「オツベルと象」は大人になって読むとまた違った奥深さ


『オツベルと象』を語るうえで欠かせないのが、ラストで『おや■、川へはいっちゃいけないったら』と言う箇所です。校本全集より前には『君』と直されたり、“おやめ”とするものもあり、定かではありません。


語り手が牛飼いであるため、牛が川遊びをして溺れそうになって慌てたと言う解釈もあれば、 『危険な川=三途の川』と言う連想で死にかけた白象へ向けた説、欲張って深みにはまり、最終的に成敗されて死んだオツベルを引き合いに出した説など、読者に解釈が委ねられる箇所でもあります。それもまた、全体を覆う宗教的な雰囲気と相まって謎を残していますね。

いかがでしたか?子供の頃に教科書や絵本で楽しんだこの名作も、大人になって読み直すとまた違った奥深さが味わえると思います。近年ではいわゆるブラック労働や職場のいじめなどと重ね合わせる見方もあり、そうした問題の根深さ(賢治が生きていた戦前から職場の問題は頻発していた)や、助けを求める勇気を持とうとする意味でも、注目されている作品でもあります。

本項を読まれて興味を持たれた方は、インターネットの青空文庫で全文が公開されているので、ご一読してみてはいかがでしょうか?

オツベルと象 – 宮沢賢治

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