古典文学の筆頭である『源氏物語』には、現代の芸能人のスキャンダルもビックリ!な、複雑な人間関係のエピソードがたくさん盛り込まれているのです。
今回はそのうちの1つ、源氏の子供についてご紹介いたしましょう。
■光源氏がされた予言とは
『源氏物語』の『澪標(みおつくし)』の巻中で、光源氏はある予言をされています。
その内容とは「光源氏には子供が3人生まれ、そのうちの1人は帝(天皇)になり、1人は皇后になる。あとの1人は前の2人よりは劣るが、太政大臣となり栄華を極める。」というものでした。
この予言は、ほぼ実現します。「ほぼ」というのは、このうちの1人が「かなり複雑な子供」となったからでした。

実際に光源氏は、本文の書かれていない『雲隠』の巻で亡くなるまでの間に、「3人」の子供の父親となりました。
■光源氏の3人の子ども
まず1人目は、最初の正妻・葵の上との間に生まれた夕霧で、彼は後に出世し太政大臣となりました。2人目は、光源氏が明石で出会った明石の上との間に生まれた明石の姫君。その後入内し中宮(天皇の正妃)となります。3人目は晩年に迎えた正妻・女三宮との間に生まれた薫です。
ところが薫は、実は光源氏の本当の子供ではなく、彼の親友の頭中将(後の内大臣)の息子の柏木と女三宮の間にできた「不義の子」でした。

更に光源氏の長男・夕霧が誕生する前に、彼には実はもう1人子供が生まれていたのです。それは彼の父・桐壺帝の中宮で、光源氏にとっては義母にあたる藤壷との間にできた、これまた「不義の子」の冷泉帝でした。
冷泉帝は後に天皇に即位するので、光源氏の子供に関する予言は全て当たっていたことになります。
■源氏物語の隠れテーマ
ここまで「不義の子」というキーワードが出てくる古典文学の主人公は、非常に珍しいでしょう。作者の紫式部が因果応報という言葉をどの程度意識して物語を書いていたのかは、現在ではもちろん分かりません。
しかし主人公の光源氏は、晩年に生まれた薫が自分の本当の子ではなく妻と柏木の不義の子であることを知り、ただ怒るだけでなく「父・桐壺帝も本当は冷泉帝が我が子でないことに気付いていながら、何も知らないふりをして自分の子として溺愛していたのではないか?」と亡き父に思いを馳せ、苦しみます。
そこにあるのは、因果応報でした。
もし光源氏が現代の有名人だったら、週刊誌やワイドショーを賑わせていたことは、間違いなさそうですね。
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