■新造の清掻と下足番の掛け合い
吉原遊廓の夜見世が始まるのは暮れ六つ(午後6時)。
若い見習い女郎、新造たちが姐さん女郎より先に格子の張見世に出て、三味線の調子を合わせて清掻(すががき)を弾く準備をします。ちなみに張見世の正面に座るのは上級女郎なので、見習いの新造は左右の脇の席に着きます。
1階の奥に居る楼主は夜見世の時刻が近づくと神棚に商売繁盛を願って拍子木を打ち、神棚の鈴をシャンシャンと鳴らします。
その音を聞くと準備していた新造たちがひとつ景気良く三味線の糸をはじき、清掻が始まります。
画像:文・十返舎一九/絵・喜多川歌麿「青楼絵抄年中行事 夜見世の図」国立国会図書館蔵
もう一つ忘れてはならないのが男衆。吉原で働く男衆は「若い者」「若い衆」なんて呼ばれていました。忙しく働く彼らの中でも見世張りの時に特に注目を集めたのは、下足番(客の下足を預かって下足札(番号札)をつけて下駄箱にしまう役目)。下足番は新造たちの清掻に合わせて紐でつるした木の下足札の束をリズムよくカランカランと鳴らして合いの手を入れました。こうした清掻はそれぞれの見世で行われ、吉原遊廓のあちこちから聞こえてくるその独特の音色は、非常に情緒があったといいます。
■いよいよ花魁登場
さて、それが鳴り響いている間に、2階では化粧や着替えを済ませた花魁の姐さんがすうっと障子を開いて部屋から出てきます。上草履をぱたぁんぱたぁんと鳴らしながら、ゆったり階段を下りてくる姿はまさに天女のようでした。
この中で客がすでに仲之町の茶屋で待っている者は見世から出て花魁道中をします。客がまだ決まっていない者は新造や下級女郎が並んでいる張見世の、正面の目立つ席に座ります。

画像:歌麿「扇屋十二美人張見世」
全員が揃うと下足番はジャラジャラ細かく札を打ち、鮮やかな手つきでその札を広げて置きました。下足札が綺麗に並ぶと、新造たちは長唄「二人椀久」の一節を賑やかに三度掻き鳴らして景気良く弾き納めました。この曲目は見世によって多少バラエティがあったようです。
それから女郎全員で商売繁盛祈って手を打ち、楼主のいる奥に向かって「お目出度う」と挨拶しました。
さあ、いよいよ夜見世の始まりです。

画像:葛飾応為「吉原格子先之図」Wikipediaより
どうでしょう、吉原遊廓の情緒を感じていただくことはできたでしょうか。この風景を知っておけば今後浮世絵などを見る時にも当時の空気感をいっそう感じることができるかもしれませんね。
参考文献:三好一光「江戸風俗語事典」青蛙房
日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan