男の名前は「橋本和芙(はしもとかずお)」。
世界で初めて発売された実用留守番電話機「アンサホン」
発明のきっかけは、借金の督促電話だと伝えられています。1951年、彼が新しい家に引っ越し、電話を引き直したところ、前の住人あての借金返済催促の電話が夜中までかかってきました。
そこで彼は、電磁石の力で受話器が上がり、テープレコーダーから自動音声が流れる装置を作りました。
1957年には「電話自動応対装置」として特許を取得。ところが、日本ではほとんど売れませんでした。その後、アメリカのパイオニア社と共同開発した「アンサホン」が大ヒットし、米国で特許も取得しました。
この初代の「留守番電話」は、スミソニアン協会の米国歴史博物館(ワシントン)に寄贈されました。
橋本の発明はそれだけにとどまらず、「ナンバーディスプレイ」を導入した電話も開発しています。
また、彼は発明家としてのみならず、慈善家としてもしられており、1988年には「フォンテル基金」を設立、電話による通信技術の研究と発展に大きく貢献しました。
これらの功績が認められ、1982(昭和57)年に黄綬褒章が授与。また、1994年には、New Jersey Institute of Technology(ニュージャージー工科大学)から、名誉理学博士の称号が贈られました。

New Jersey Institute of Technologyにある橋本博士の銅像
「必要は発明の母」とはよくいいますが、ちょっとした日常の課題から、留守番電話のようなイノベーションが起こるのかもしれません。
現在、電話の歴史は黒電話からショルダーフォン、携帯電話、そしてスマートフォンへと変化してきましたが、その変化の一つ一つがイノベーションの連続によって生まれたといっても過言ではないかもしれません。
橋本和芙
日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan