当時の日本の習慣では、大名行列に対して通行人は道を譲るのが当然でした。ところが、この習慣を知らないイギリス人のリチャードソン一行は行列を乱してしまい、無礼を働いたという咎により、薩摩藩士によって無礼討ちされてしまったのです。
悲劇が起こった生麦村
ちなみに生麦事件の直前、アメリカ人のヴァン・リードという人物も、この大名行列に遭遇しています。彼は、横浜のアメリカ総領事館に書記生として勤務していたため、日本の習慣をよく理解しており、馬から下りて道の端に移動して大名行列に道を譲り、脱帽して礼を示していたために何事もありませんでした。
この事件をきっかけとして幕府と薩摩側との対立が鮮明になり、イギリス政府と幕府の賠償問題にまで発展してしまいました。そしてとうとう、イギリスと薩摩が戦闘を交えることになります。これが世にわれている「薩英戦争」に至る経緯です。
岩村武一によると、『ザ・タイムズ』は、次のように報じたようです。
「イギリス艦隊は砲台を攻撃するつもりはなく、数隻の汽船を拿捕するという報復措置をとれば薩摩人は前回もってきたものよりも満足すべき回答を持ってくるだろうと考えていたらしい。しかし不幸なことに交戦が始まった。イギリス艦隊は鹿児島の町を焼き払うため、ロケット弾を噴射したため、その砲火は折からの強風に煽られて、ほとんど町全体を焼き尽くしてしまった。
とあり、この事件からも幕末日本の様子を垣間見ることができると思います。
ちなみに、生麦事件のことを本国イギリスでは「リチャードソン事件」と呼んでいるそうですが、事件のことを後で知ったリードは、今回の事件はイギリス人の非礼が招いたことだとリチャードソンたちのことを非難しています。
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生麦事件(なまむぎじけん)
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