突然ですが「楓物語」って知ってますか?

え?知らない?あの名作です!

アルプスの大自然のなかで、少女がおじいさんとのびのびと暮らす物語。ヤギを放牧しているお友達の少年もいて幸せに暮らしていましたが、突然伯母の手により都会に連れ戻されてしまいます。


ーーと、ここまで書けばわかりますね。そう、「アルプスの少女 ハイジ」のことです。

ペーターが弁太、クララが久良子!?大正時代の「アルプスの少女...の画像はこちら >>


『アルプスの少女ハイジ』ヨハンナ・シュピリ。1880年

なぜハイジが楓になったかというと、大正期の少年少女は外国人名に慣れていなかったため、物語の内容は変えず登場人物だけを和名に変えるという試みがされたのでした。
この時代、ハイジだけではなく他の海外作品でも多々あったことのようです。

以前Japaaanで紹介した明治時代の小説「さんたくろう」も同じように、「サンタクロース → 三太九郎」と、和名になっています。


誰だよ(笑)サンタクロース…いや「三太九郎」から始まった日本のクリスマスの歴史

ちなみにハイジが「楓」、ペーターが「弁太」、クララが「久良子」。伯母さんの名字は「伊達」です。

気になるアルムおんじは何と呼ばれてるのか?

ページを繰ると…「山の爺(やまのおやぢ)」でした。そのまんまやないか!

■読んでみた

興味があったのでさらっと読んでみました。冒頭から難読漢字の瑞西(スイス)登場。しかし有名な地名以外は「フランクフールト」など、そのままの片仮名表記でした。


楓は伊達伯母さんに連れられ山へ登る途中、服を脱ぎ散らかしてしまいます。伯母さんは「楓や、何(ど)うしちまったのサ!」とべらんめえ口調で怒ります。そこで弁太にお駄賃をやるから服をとってこいと命令しますが、そのとき取り出したのは五銭。通貨もわかりやすく日本円ですね!

ちなみに楓は自分のことを「あたい」と言います。 あたいと呼ぶのは昭和の不良だけだと思っていました(笑)。

会話のなかでしか登場しませんが、楓のお父さんは「苫次さん」だそうです。
なかなか珍しい名前だと思います。つい苫小牧(とまこまい)を連想してしまいますが、まあ関係ないでしょう。

食事シーン。チーズは「乾酪」と漢字表記。日本で漢字が充てられた名詞はとことん漢字にするんですね。

チーズと共に「そら、呑みな」とお爺さんに出されたどんぶり。
口調からお酒が入っているような気分になってしまいますが、中は「乳」です。おそらく山羊のミルクだと思いますが、そこは説明がなくただの「乳」。

すっかりのどが渇いていたハイジはどんぶりに注がれた乳をぐんぐん飲み干し、満足そうに「ずいぶん旨いや!」と叫びます。

・・・と、このように、楓とお爺さんの生活はべらんめえ口調で楽しげに繰り広げられていくのでした。

さて、みなさん気になる方と言えばロッテンマイヤーさんのことでしょう。彼女は「古井さん」と名前を変えて登場。
なんとなく古くから屋敷に勤めているとか、お局さんを連想しますね。

彼女が、楓を連れてきた伯母の伊達さんに向かって発した言葉が強烈。
「伊達さん、之れは低能児ですの?」
現在なら何かと問題になりそうな発言です。

古井さんは口調は丁寧でべらんめえではありませんが、より言葉尻が鋭く、慣れ親しんだアニメ版よりも更に冷たく怖い印象です。

ちなみに楓の洗礼名。久良子の家は厳格なクリスチャンの家なので、洗礼を受けてない子供には相手はさせらない、というくだりがありましたね。
古井さんに聞かれた伊達さん。なぜか弱々しく「アデライド・・・」と答えます。洗礼名はそのまま西洋名でした。まあ洗礼名は古今東西聖書から借り受けるので、しょうがないですね(ハイジは母親の名前が洗礼名です)。

しかし楓の母の名はアデライド・・・逆に違和感を生まなかったのでしょうか。

物語は広く知られている通りなので、これ以上追うのはやめますが、言葉遣いが違うとまるで別の小説を読むような楽しさがありますので、お暇なときにいかがでしょう。古典的名作が日本でどのように翻訳されたのか、新たな面白さが発見できますよ。

参考文献:『楓物語』福音書館、大正14年、ヨハンナ・スパイリ著

楓物語楓物語 – 国立国会図書館デジタルコレクション

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