このことわざ、耳にしたことがある人は多いのではないでしょうか。今回はこのことわざの意味、そして意外な由来を紹介したいと思います。
■このことわざ、どんな意味なの?
男女の仲というものは、なかなかはかり難いもので、一見、遠く離れているように見えても、ちょっとしたことがきっかけになってたやすく結ばれてしまうものだ、と言っていることわざです。
■由来は?
実は、このことわざは、平安時代の女流作家、清少納言が彼女の著書、『枕草子』の中で書いた一文から生まれたものだったのです。
■遠くて近きもの 極楽 舟の道 男女の中
清少納言は、『枕草子』の中で、「遠くて近きもの 極楽 舟の道 男女の中」と書いています。これは、まだまだ遠いものだと思っていても、人はいつ死ぬかわからないし、時間はすぐに経ってしまうものだし、男女の間柄もいつどうなるかわからないし…、とこの世の理を言い表している深い意味を持つ一文です。
ところが、この中の「遠くて近きもの 男女の中」だけが飛び出してしまったようなのですね。そしてそれが独り歩きして、やがてことわざになってしまった、ということでしょうか。
面白いことには、この一文の前に、清少納言は、こうも書いています。
「近うて遠きもの 宮のべの祭り 思わぬはらから、親族の中 鞍馬のつづらをりといふ道 師走のつごもりの日、睦月のついたちの日ほど」
これは、師走と年が明けた睦月の最初の午(うま)の日に行われる宮のべの祭りは、その間の期間は短いけれど年を越すので遠いし、親しく行き来していない兄弟姉妹や親族は遠い存在だし、鞍馬のくねくねと曲がりくねった参道は果てしなく長く遠く感じるし、大晦日から見ると元旦は翌日だというのに年を越すから遠い存在だし…、と言っている、これまた人の心理を鋭く突いた一文です。
■清少納言の恋

さて、この清少納言ですが、和漢の学に長けた才女として名を馳せる一方で、当時は、漢字を使う女性は、知性をひけらかす者として嫌われる風潮がありました。
宮中に仕えていた時期は重なることがなく面識もなかったと言われている(諸説あり)紫式部などは、『紫式部日記』の中で「清少納言こそ、したり顔にいみじうはべりける人」というように清少納言のことをこき下ろしています。「清少納言って、得意げに偉そうなことばっかり言ってほんと、いやな女よね」みたいな感じでしょうか。
しかし宮中では、清少納言の才気あふれるやりとりを好む男性も多く、親交の深い男性も何人かいたようなのです。
ひょっとしたら、清少納言は、恋多き女性だったのかもしれませんね。だからこそ男女の心の機微がよく理解できて、「遠くて近きもの 極楽 舟の道 男女の中」という一文がサラリと書けたのかもしれません。
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