1990年初頭、世界における競争力ランキング1位だった日本だが、30年後の2020年には34位まで低下した。この状況を打開するために欠かせないのはイノベーションである。

そのキーとなるスタートアップと投資家、企業にネットワークを構築するペガサス・テック・ベンチャーズのCEO アニス・ウッザマン氏に、世界のスタートアップ事情、日本のスタートアップに必要なこと、いま注目される分野を聞いた。

日本のスタートアップ総投資額はアメリカの40分の1

――まずペガサス・テック・ベンチャーズとはどんな会社なのでしょうか?

アニス・ウッザマン アメリカのシリコンバレーに本社を置くベンチャーキャピタルです。ベンチャーキャピタルの多くは金融機関から資金を集めてスタートアップに投資するのが一般的です。しかし私たちは資金を事業会社から集めます。ペガサスと事業会社がタッグを組みファンドを設立するのです。

たとえば、トヨタグループのアイシンとは75億円のファンドを組んでいます。仮にスタートアップA社が持つ戦略的な技術を車に搭載したい場合、A社に連携を持ちかけるとします。承諾されたら、そのファンドからA社に投資するというわけです。日本企業では、デンカ、双日、日本特殊陶業、帝人、ジャパネットホールディングスなどとも億単位のファンドを持っています。

――そうしたファンドを持つことの強みは何でしょうか?

アニス・ウッザマン 実は、このファンドは多くの大手企業が抱える課題を解消します。大手企業は今、ほぼ18か月ごとに新商品を出さなければいけないのですが、従来の成長戦略ではそのスピードに追いついていけません。解決策の1つはグローバル展開をする優れたスタートアップと提携することです。
Apple、Google、Metaなども、毎週2~3社と提携したりM&Aしたりしています。

世界のスタートアップの6~7割はシリコンバレーに集中していて、周辺企業にとっては好都合ですが、それ以外の国のスタートアップはアクセスしづらいのが問題です。そこで全世界のスタートアップにネットワークをもつ私たちが投資家や企業との「架け橋」となるのです。

さらに、企業にはスタートアップとの連携方法や付き合い方を6か月~3年間、教育するプログラムを実施します。

ペガサスはアメリカ本社でありながら、日本を重要な拠点と考え、私自身は毎月、来日しています。なぜなら文部省(当時)から奨学金をいただいて東京工業大学(現・東京科学大学)で勉強したので愛着があるからです。

――日本経済の低迷は、GAFAMのように成長するようなスタートアップが育たないことと関係あるでしょうか?

アニス・ウッザマン 1989年の時価総額ランキングをみると、世界トップ30社中21社が日本企業でした。しかし今はゼロ。GAFAMになるようなスタートアップが現れないことも理由としてあると思いますが、グローバルを狙わないスタートアップが多いことが原因といえるかもしれません。日本は100億円未満の売上でも上場できるので、多くは国内向けで満足してしまうのです。

次に資金が集まりにくいこと。2024年のアメリカのスタートアップ投資総額は約30兆円。
それに対し、日本で投資された総額は7793億円。40分の1しかありません。ユニコーンをつくるためには資金が必要ですが、7000億円程度では厳しい。あとは成長を阻害する規制があること。そして、人口減少の影響で採用が難しいことも成長を妨げています。
日本の技術力、クリエイティブはアメリカに劣っていない

――日本のスタートアップの技術は海外と比べて劣っているのでしょうか?

アニス・ウッザマン いえ、技術やクリエイティブの面でアメリカと比べてけっして劣っているわけではなく、むしろ高いものを持っています。日本と欧米のスタートアップと比べた場合、違うのはマインドと環境だと思います。

「マインド」では、大手企業志向と失敗が許されない日本社会がネックになっています。アメリカでは、たとえばスタンフォード大学やマサチューセッツ工科大学の工学部の卒業生のうちほとんどの方は起業または起業に関わっています。一方、日本の若者にみられる大企業志向の背景には、起業して失敗したら、その後の展望が描きにくいという社会があります。

シリコンバレーのスタートアップ界隈では、「Fail fast」(速く失敗せよ)という言葉をよく耳にします。若いときに1~2回失敗した人はその経験から学んでいるだろうから、投資を検討してみようかと考える。
イーロン・マスク氏だって何回も失敗して今の地位を築いたわけですから。

――もう1つの「環境」は?

アニス・ウッザマン 日本には大成功したグローバルなスタートアップが少ないから、自分もやってみようという気持ちになりにくいのです。それに比べてシリコンバレーには、石を投げればスタートアップ関係者に当たるというのが大げさではないほど、ベンチャーキャピタルやエンジェル投資家がひしめいている。しかも、その周辺で働いている人が夕方になると、スタートアップのピッチイベントなどにでてビジネスアイデアを発表しています。そんなことが頻繁に行われているから、投資活動が活発なのです。

そのうえ、「エグジット」の9割は、日本のように上場ではなく、M&Aなんですね。そうなると、キャッシュが常に潤沢なので投資会社やエンジェル投資家も多く、それがまた元気なスタートアップに流れて活性化する――そのサイクルが経済の活性化につながっています。

――日本の投資家をみていて気になるところはなんでしょうか?

アニス・ウッザマン まずプロダクトを見るときの姿勢でしょうか。日本の投資家は完成度の高いプロダクトを求めがちです。ある程度完成していて、顧客の実績がないと企業としてゴーサインが出せないのはわかりますが、私たちはプロダクトそのものよりも「ビジョン」を見て判断するケースが多い。ビジョンを聞いて「この人行けそうだな」と感じたら投資する。早い段階から投資しはじめると、100倍~1000倍のリターンが得られるのです。


肝心なのは意志決定のスピードですね。日本の大企業は慎重というか判断が遅い。半年かそれ以上かかるのは普通です。それに対しアメリカの投資家は、経営者と話すのは1回程度というケースが少なくない。エンジェル投資家だと30分ぐらい。スタートアップもその方が事業にも集中できます。

私も最近、ChatGPTで知られるOpenAI社に投資しましたが、1週間ぐらいで決めて数十億円を投入しました。イーロン・マスク氏のxAIへの投資では、話がきて1時間半ほどで決めた。xAIへの投資話なんて断ったら2度と話は来ませんから。
全世界約3000人の投資家にアピールできるビジネスコンテストを開催

――2017年に創設された「スタートアップワールドカップ」は、グローバルにスタートアップを支援するプラットフォームです。創設の目的を教えてください。

アニス・ウッザマン 創設した目的は、全世界のいろいろな技術をみたいからです。
コロナ禍の中止を挟んで今年で7回目になりますが、ついに世界でいちばん大きいスタートアップビジネスコンテストになりました。優勝投資賞金は約1億5000万円。世界100以上の国と地域から3万社が参加します。

ここで披露されるすべての技術を私たちの顧客もみられるようになっています。そして、これをベースにして私たちは、世界のスタートアップと大企業、投資家を、国境を越えてつなげることができるのです。ここで起きるイノベーションへの期待は計りしれません。

日本にはいろいろな優れたスタートアップがありますが、なかなかアピールする機会がありませんでした。特に地方ではその問題は深刻です。そこでコンテストの予選を、東北、東京、九州で実施しています。

今年(25年)5月に熊本県で開催された九州予選では、トイメディカルという熊本の会社が優勝しました。味を変えずに体内への塩分吸収を抑制する技術を開発しています。アメリカ・サンフランシスコで10月に行われる決勝戦で彼らが、世界中から集まった約3000人の投資家や大企業の経営層に向けて発表するのが楽しみです。
この時、トイメディカルの技術に興味をもったどこかの国の投資家や企業が声をかけて、一緒に連携しようという話になれば、彼らが進む道は大きく変わっていくでしょう。

過去6回の優勝者はアメリカ、日本が2社ずつ。あとはカナダとベトナムが1社ずつ。審査員は世界でトップクラスのベンチャーキャピタリストで、ユニコーンに何十社も投資してきた人たちばかりです。

その中で日本は2回の優勝。日本のスタートアップの皆さんは自信をもって参加してほしいです。ただ、日本人が惜しいなと感じるのは英語力。プレゼンに関するQ&Aのときにスムーズに説明できないために優勝を逃したり、3位に甘んじたりする人も。英語のブラッシュアップにも取り組んでほしいです。

――これから世界で注目されるのはどんな分野でしょうか?

アニス・ウッザマン 生成AIがNo.1ですね。昨年、アメリカの総投資額の6~7割は生成AIです。続いて、環境系のクライメートテック。ところが環境問題に消極的なトランプ氏が大統領に就任した影響で少し低迷する可能性も。その代わりにのし上がってくるのが、スペーステック(宇宙技術)です。

なかでもSpaceXから目が離せません。私は「宇宙の宅配便」にたとえますが、SpaceXは全世界の衛星輸送の7割を担う、いわば「世界で一番大きな運送会社」なのです。マスク氏は衛星を使って世界のインターネット接続事業に大きな影響を及ぼすのは間違いありません。また、近い将来にはロケットで北米からアジアの主要都市間を30分程度で移動することが可能になると言われています。

日本にも、月面輸送サービスや、宇宙ゴミの除去や衛星への燃料補給などのサービス開発をする注目の企業が育っています。あとはディープテックやヘルスケア、サイバーセキュリティの分野も伸びると思います。

――最後に、投資するときに最も重視する要素は何でしょう?

アニス・ウッザマン まずスタートアップの創業者やそのチームがどんな人たちでつくられているか、それからアドバイザーやボードメンバーに注目しています。次にマーケットサイズ、そしてタイミング、時代にフィットしているかということ。また、商品とテクノロジーに新しさがあるかどうかです。

たとえばAIをからめたプロダクトをつくる場合、得意分野から発想するのがいいでしょう。日本は自動車やバイオ、アニメーションが強いので、それにAIを組み合わせるとか。ビジョンやエグジットのポテンシャルもポイントです。我こそはと思う方、ぜひスタートアップワールカップに挑戦してください。
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