■『人口問題の正義論』(編・松元雅和、井上彰 世界思想社)
前回の書評で、地球温暖化問題に関する哲学的な議論を取り上げた『気候正義』(宇佐美誠編著)を紹介した(「世界を変える『ものの考え方』―地球温暖化問題の場合」)。今回の『人口問題の正義論』は、この温暖化問題の哲学の基礎論ともいうべき人口問題の哲学についての論文集である。
人口問題の問題たる所以はどこにあるのか。
第一は時間が過去・現在・未来と一方向に流れるほかないことにある。過去世代・現世代・将来世代の関係は非対称的なものとならざるをえない。
第二の問題は、未来の人々がいまだ存在せず、しかも、その存在そのものが現在生きている我々の行為に依存していることである。未来の人々は我々の選択次第で、存在したり、存在しなかったりする。この時、温暖化の被害に苦しむ未来の人々は、温暖化対策をした場合には生まれてこなかったはずの人々であるから、我々の行為を責めることができなくなるのではないか。
ただし、これで問題が解決するわけではない。功利主義には功利主義で「いとわしい結論」などのパラドックスが存在する。幸福の総量を問題にするならば、幸せな百人よりも、ぎりぎりの生活をおくる一万人の方がよいことになるが、それでよいのか。
これらの問題に著者たちはどのように答えているのか。特に興味深いのは、第10章の一橋大学の森村教授による論である。この章では、互恵性という概念が世代間問題にどの程度有効性を持つのか検討がなされている。結論は、互恵性は世代間で有効性のすべてを失うわけではないものの、その力は限定的であり、人道的主義的考慮等の他のロジックにも訴えることが必要だというものである。先に説明した通り、世代間関係は非対称的であるから、同一性世代内で関係のような互恵性の成立にはむつかしいものがある。
もうひとつの論文は、第3章の上智大学の釜賀准教授によるものである。この章は、個人への着目をしない功利主義の骨子を維持しながら、第三の問題として挙げた「いとわしい結論」などの直観に反する事態をいかに回避するかを検討している。
経済官庁 Repugnant Conclusion