【2023年注目のテーマ:Z世代とカルチャー】

夜の繁華街。路上に設置されたスピーカーからは、インストゥルメンタルのヒップホップ曲が鳴り響く。

次第にラッパーがスピーカーの前に集まり、曲のリズムに合わせて即興のラップを順番に披露する。これが「サイファー」だ。

東京都内では新宿や池袋、渋谷などでたびたび10~20代の若者を中心としてサイファーが行われてきた。新型コロナウイルス禍で外出しづらい時期も、「サイファーをする」文化は途絶えなかった。サイファーの現場に足しげく通うZ世代の若者に取材した。

東京・新橋では2016年から

即興ラップは、コロナ禍前から一部の若者の間で人気があり、メディアで取り上げられるケースもある。

例えば、ラッパー同士が即興ラップの腕を競い合う「ラップバトル」をテーマにしたバラエティー番組「フリースタイルダンジョン」。2015~20年にテレビ朝日系で放送された。出演したラッパーが名勝負を繰り広げると、番組名がたびたびツイッターでトレンド入りした。

大阪市中心部・梅田駅周辺で行われる「梅田サイファー」は、即興ラップにとどまらず、一部の参加者がメンバー同士でグループを組んでヒップホップ楽曲を制作している。2019年1月に「梅田サイファー」名義のグループがユーチューブ上で公開した曲「マジでハイ」のミュージックビデオは、23年1月5日までに1000万回以上再生され、大人気だ。

東京都港区・JR新橋駅付近の繁華街では、「新橋サイファー」と呼ばれるサイファーが、有志によって2016年から毎週水曜日に実施されている。

記者が取材した日は、繁華街の片隅に、20人前後の若者やサラリーマンが集まった。スピーカーを前に、数人ごとに複数の円を形成し、日常や仕事の愚痴、音楽への思いをテーマに自由にラップを繰り広げていた。

感染拡大...自宅でずっと1人ラップ

この日、新橋サイファーに参加していた「K-ride」さんと「阿僧祇(あそうぎ)」さんに話を聞いた。どちらもMCネーム(ラッパーとしての活動名)だ。2人は沖縄県宮古島の出身で、共に19歳。進学による上京を機に、新橋サイファーに22年4月から足を運ぶようになった。

K-rideさんは4月以降、毎週ペースでこのサイファーを訪れているという。

――ラップをはじめた理由は。

K-ride 始まりは中学3年生です。テレビ番組のラップバトルを見て、かっこいいと思いました。そこで、2019年ごろに地元(宮古島)にてサイファーをするようになりましたが、すぐに新型コロナウイルスの感染が広がりはじめたのです。学校の授業は無くなり、家からも出られず、自宅でずっと1人、ラップをしていました。

――上京をして、毎週サイファーに来るようになった感想を聞かせてください。

K-ride いろんな人とつながれて、想像以上に面白いです。地元では通話アプリを使い、インターネットを経由しての即興ラップもしていましたが、スマートフォンに向かってやるだけでした。現実のサイファーだと、人と対面してラップをできるのが楽しい。

――サイファーの魅力はどこか、教えてください。

K-ride この感想は独特かもしれませんが、音楽が流れてみんながラップをしている時に、仲良くなった人同士が音楽には乗らず普通に雑談をしている時があります。
そういう瞬間が楽しいです。年齢も、考え方も違う。でも、ラッパーは他人とのコミュニケーションに遠慮しない人が多い。いろんな人の考えや意見が聞けて、面白いと感じています。

――新型コロナウイルス禍が落ち着いた後の「サイファー」文化に期待することはありますか。

K-ride コロナ禍では、ラップのイベントが減少していました。
その反動で、「ラップをやりたい」という思いから有名なラッパーがサイファーに来るようになれば、とても楽しくなりそうだと思います。それに乗じて、「有名人がどこそこのサイファーに行くらしいから、参加してみよう」と、初めての人が増えていけばうれしいです。地元にはラップをする人が少なかったので。
同じものを好きな人が集まる

阿僧祇さんは、2歳上の兄がラップをしていた影響で、自身で始めた。

阿僧祇 地元(宮古島)で「SEABOYS」というグループを組み、(K-rideさんを含め)同世代でサイファーをしていましたが、8人しかいませんでした。全員の予定が合わなければ開けないため、月に1回といった頻度に留まり、あまりサイファーに行く機会がありませんでした。

――東京のサイファーは、どう感じていますか。

阿僧祇 東京に来たら「サイファーが毎週ある」と知り、それがまず新鮮でした。実際に行くと新橋サイファーにはいくつもの「円」(サイファー中のラッパー同士が形成する4~5人規模の輪)があったのが、とても印象的。地元では8人しかおらず、1つの円しかなかった。こんな風景があるのか、と。

――サイファーを、どう感じていますか。

阿僧祇 楽しいです。みんな、見た目の印象や生き方はそれぞれ違うけれど、同じものが好きな人が集まる。ヒップホップが無かったら、交われていなかっただろうという人もいます。サイファーでできた友達もいます。そういう人たちとラップをするのが面白い。また自分が日ごろ溜めていた思いをラップに乗せると、みんなが話を聞いてくれたり、「俺はこう思うぜ」と返答してくれたりします。「お互いの思いの受け渡しの場」であり、元気をもらえる場所だと思います。

――コロナ禍後のサイファーに期待することは。

阿僧祇 各地で活発に開かれ、どの曜日でも近場でサイファーに行けるようになったらいいと思います。それにより、ラップをする人も増えればうれしいです。
「ビートの上だとみんな平等」

早稲田大学(東京都新宿区)付近では学生の主催により、かつて「早稲田サイファー」があった。2016年から19年にかけ、大学の施設前や、近隣のJR高田馬場駅前にて毎週開催されていたのだ。「早稲田サイファー」名義のツイッターでは主催者が毎週、実施を告知していたが、ツイッターの更新は2020年7月で止まっている。

しかし、2022年4月に早稲田大学に入学した「ゑ6(えしっくす)」さんが、新たに「早稲田戸山サイファー」の主催を始めた。6月から、大学付近の公園や高田馬場駅でサイファーを行っている。記者が高田馬場駅前ロータリー広場を取材で訪れた日は、10人弱の参加者が集まっていた。

――即興ラップに触れたきっかけは。

ゑ6 上京をしたころにふとした興味から、ラップをしている知り合いに、秋葉原で開かれていたサイファーに連れていってもらいました。これにハマり、趣味になりました。

――サイファーのどこに引かれたのですか。

ゑ6 コミュニケーションの場と、言葉遊びの場として面白いと感じています。みんな、音楽に乗って楽しそうに話す。年齢層はバラバラですが、1回の限られた出番で発せられる言葉は限られてくるため、敬語が自然と無くなり、「ビートの上だとみんな平等」だと私は思っています。そうして前の人のラップから話題をつなげて話が広がっていき、ときにユニークな韻が出てくるが楽しいですね。
明るい内容のラップ増えれば

――自身でサイファーを開くようになった理由は。

ゑ6 定期的に通える場所でサイファーがしたかった。でも大学と自宅の間では、ほぼありません。ラッパーの人脈もゼロでした。私は女性ですが、同性のラッパーは男性に比べてまだ少ないため、初めて触れる人や女性でも緩くラップができる場所が欲しいと考えました。そこで、自分で開こう、と。ラップがうまくなりたい思いや、同期の友人が欲しかったのもあります。

――そうした目的は果たせましたか。

ゑ6 ラップの技術はさておくとして、友達はできました。別のサイファーで会った人に「早稲田でサイファーをしているので、来てください」と話すと実際に顔を出してくれたり、たまたま参加者同士が知り合いで新たなつながりができたり。

――サイファーに来る若者は、何を求めて集まるのでしょう。

ゑ6 私もそうだったのですが、大学や高校に入学した後でコロナ禍によりイベントが潰れたり、声を思いきり出せる場が無くなったりした。その点、サイファーは屋外ですし、参加者同士で距離を離せば少しマスクを外して楽しめる場でもあります。

――コロナ禍が落ち着いた後のサイファーに何を期待しますか。また、どのように変化していくでしょうか。<J-CASTトレンド>

ゑ6 感染予防のためマスクを着ける必要が完全に無くなればいいなと思います。互いの声が聞こえやすくなり、もっと言いたいことがラップで語れるようになるでしょう。やはりコロナ禍では、コロナに感染したり、予定が消えたりなど、暗い話題でラップしているのを見かけます。明るい話題でバースを蹴る(ラップをする)機会が増えればうれしいです。