アニメはいつも私たちにとって、現実を忘れさせてくれる、夢の世界の出来事だ。キャラクターに魂を吹き込む声優たち。
いつしか“旅立つ”仲間も多くなってしまったが、ワカメちゃんも、しずかちゃんも決して年をとらない。野村さんもまた、82歳になっても、どこまでも若く、私たちを夢の世界につれていってくれる――。
76年、『サザエさん』のワカメちゃん役だった山本嘉子さんが降板し、2代目ワカメちゃんのオーディションが行われた。人気アニメの主役級の声優も参加したが、役を射止めたのは、野村さんだった。
週に1回の収録では、その場で台本を渡され、目を通し、軽く読み合わせをしたら、すぐに本番に入る。
「11時に集まって、13時には終了。共演者と遊びにいく機会はほとんどなくて、パッと集まって、パッと散る。仕事に徹した職人集団のなかで、多くを学ばせてもらいました」
79年に放送開始された『ドラえもん』は、オーディション形式ではなく、放送前のテスト版で集められた、ドラえもん役の大山のぶ代さん(86)、のび太役の小原乃梨子さん(84)、ジャイアン役のたてかべ和也さん、スネ夫役の肝付兼太さん(ともに享年80)らが、そのまま引き継いだ。それぞれ共演も多かったが、5人が一堂に会する現場ははじめてだった。
「1回目の収録のとき、現場にはテレビ朝日のお偉いさんも集まっていたのに、のんちゃん(小原さん)が風邪をひいて、声が出ない。それで収録が急きょ、中止になったんですが、代わりに東京飯店で食事会ができたんです。
声で結ばれた仲間は、やがて“家族”のような存在になった。しずかちゃん役も10年、20年と続けると、分身のような存在だ。
「年齢による声の変化に合わせて、絵を描いてくれているんじゃないかと思うくらい、ごく自然に演じられたんです。でも、体力的な問題も出てくる。風邪をひけば長引くし、イベントで全国を回るのも限界。なにより、60歳を超えて『しずかちゃんのお姉さんです』とイベントで紹介されるのは、さすがに抵抗がありますよ」
04年ごろ『ドラえもん』の制作サイドからも「メンバーを刷新したい」と打診があった。 これを機に、野村さんは『サザエさん』も降板。ワカメちゃんを29年、しずかちゃんを26年演じ続けたが、最後の収録も“いつか同窓会をしよう”と約束したから、さみしさよりは、安堵感のほうが強かった。だが、野村さんはその後、がん闘病生活を送る夫で声優の内海賢二さんを支えることとなる。
「50代後半から膀胱がんになって、一度は元気になったんですが、7~8年たって再発してしまって。見つかったときはステージ4でした。厳しい塩分制限もあって、私の手料理しか食べなかったんです」
内海さんの最後の仕事は、亡くなる10日前。
「病院側も大きな個室に移すほど、連日、大勢の声優仲間や社員が来てくれて、幸せな最期でした。でも、もうちょっと生きてほしかったです」
野村さんにとって、悲しい別れは続く。ドラえもんファミリーとの「同窓会」をする約束も、ついに果たせなかったのだ。
「ペコさんの認知症がニュースになったと思ったら、かべさんが胃がんで15年に、肝さんが’16年に、立て続けに亡くなって……。“何でこんなときまで一緒なの!?”って、すごくショックでした」
手にとった、色あせた写真をさみしそうに眺める。だが、そこに写るドラえもんファミリーの笑顔に押されるように、野村さんは、ふっと上を向く。
「かなえたい夢はすべてかなって、思い残すことはないけど……。残りの人生、恩返しの意味も含めて、若手の育成を、もうちょっと頑張ってみようかな、と」
「女性自身」2020年10月13日号 掲載