多くの人が悩む一人暮らし親の生活。不安なのでいっそ施設に入ってほしいけどお金が心配……。
「コロナ禍による外出自粛で、“一人暮らしの老親の身体機能や認知機能が低下してしまった”と訴えているご家族が増えています。ふたたびこのような不安を抱えないために、人と交流ができ、日々のケア、見守りなどの総合的なサービスを受けられる高齢者施設へ入所させたいというニーズは、今後さらに高まるでしょう」
こう語るのは、『図解ポケット30分でわかる! 介護保険の上手な使い方』(秀和システム)の著者で、介護業界専門コンサルタントを行っているスターパートナーズ代表の齋藤直路さんだ。
「ただし、高齢者施設の入居費用は、生涯にわたり払い続けるものであることを忘れてはいけません。親の資産状況によっては、子ども世代への金銭的負担が大きくなります。慎重に検討しなくてはならないのです」
ファイナンシャル・プランナーの寺門美和子さんも同意する。
「実際に親の資産はいくらあるのか、毎月、いくら年金をもらっているのか、そして持ち家の場合、いくらくらいで売却できるのか。残念ながら、親子でこうした会話をするのは抵抗があると、親の資産状況を把握できていない人が非常にたくさんいます。高齢者施設の月額利用料金は、年金額を考慮して算出されているようですが、入居一時金や、介護度に応じた介護費用などの出費も忘れてはなりません。年金だけではまかなえないことが多いのです」
さまざまな高齢者施設があるが、はたして年金だけではどれくらい不足するのだろうか。前出の齋藤さんにシミュレーションしてもらった。
「すべてのケースで、地方都市に住む、会社員だった父親の遺族厚生年金で生活する母親が、80歳で施設を利用開始した場合で試算しました。
死亡する年齢は92歳(93歳の誕生日の前日)で計算した。
「’19年7月に発表された厚労省の簡易生命表によると、女性の平均寿命は87.45歳ですが、じつはもっとも多くの人が亡くなる年齢は92歳です。仮に80歳で高齢者施設に入所しても、残りの人生は13年近くになるのですね。また、受け取る遺族厚生年金額に関しては、厚生労働省の『平成30年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況』の80歳の平均年金月額から試算し、12万8,000円としました」(寺門さん)
その収支は次のとおり。
■特別養護老人ホームに入居した場合
70歳のときに、骨粗しょう症の診断を受けていたBさん。通院によって状態を維持していたが、78歳で転倒し大腿骨頸部を骨折。入院し、人工骨頭置換術を受け無事に退院したが、79歳でもう一度同じ部位を骨折。骨の強度からもう手術はできず、ほとんど寝たきりになり、要介護3に認定された。家族は離れて暮らしているため、安価で看取りまでしてくれる地元の特別養護老人ホームを希望。地域包括ケア病棟で待っていると運よく入院中に入所の運びとなった。所得に応じて利用額が変わるが、ごく一般的な収入だったため、4段階中3番目の料金設定で、多床室を利用。入所後、徐々に介護度は上がっていくも経口で食事を摂取し続け、87歳で要介護4。
〈試算〉
【80~86歳】要介護3
・介護費用:3万円
・居住費:4万円
・食費:2万円
・その他(金銭管理費等):5,000円
・合計(月額):9万5,000円
・年金からの余剰金(月額):3万3,000円
【87~89歳】要介護4
・介護費用:3万3,000円
・居住費:4万円
・食費:2万円
・その他(金銭管理費等):5,000円
・合計(月額):9万8,000円
・年金からの余剰金(月額):3万円
【90~92歳】要介護5
・介護費用:3万5,000円
・居住費:4万円
・食費:2万円
・その他(金銭管理費等):5,000円
・合計(月額):10万円
・年金からの余剰金(月額):2万8,000円
◎13年間で486万円余る(総費用1,510万8,000円/年金総額1,996万8,000円)
■サービス付き高齢者向け住宅に入居した場合
要支援2だったCさん。長年連れ添った夫を失い、外出する機会がめっきり減って一気に衰えた。Cさんの一人暮らしに不安を覚えた娘が、「人とのコミュニケーションがとれるから」と施設の入居を勧めた。運よく、昔から仲のよかった友人が近くのサービス付き高齢者向け住宅に入っていることを知り、80歳になったときに入居。加齢にともない、訪問介護で身の回りの介助を受けるようになったが、同世代の友人もできて楽しく暮らしており、92歳で亡くなった。
〈試算〉
・入居金:21万円
【80~86歳】要支援2
・介護費用:7,000円
・居住費:10万5,000円
・食費:4万5,000円
・状況把握、生活相談:1万1,000円
・合計(月額):16万8,000円
・年金のみの不足額(月額):4万円
【87~92歳】要介護2
・介護費用:1万5,000円
・居住費:10万5,000円
・食費:4万5,000円
・状況把握、生活相談:1万1,000円
・合計(月額):17万6,000円
・年金のみの不足額(月額):4万8,000円
◎13年間で702万6,000円不足(総費用2,699万4,000円/年金総額1,996万8,000円)
施設の居住費は地域によって異なる。都心の高齢者向け住宅には、月額の利用料が数十万円以上するものもある。今回の施設に関する試算はすべて、地方都市の平均的な相場を念頭に試算した。
■グループホームに入居した場合
Dさんは75歳で少しずつ認知症の症状が出はじめた。最初は物忘れ程度のために家族も楽観的に見守っていたが、数年たつと、しだいに脈略なく怒鳴りだしたり、夜、徘徊してしまうように。医師のすすめで介護申請を行い要支援2となった。
〈試算〉
・敷金:15万4,000円
【80~83歳】要支援2
・介護費用:2万8,000円
・居住費:11万2,000円
・食費:3万6,000円
・合計(月額):17万6,000円
・年金のみの不足額(月額):4万8,000円
【84~89歳】要介護1
・介護費用:2万9,000円
・居住費:11万2,000円
・食費:3万6,000円
・合計(月額):17万7,000円
・年金のみの不足額(月額):4万9,000円
【90~91歳】要介護3
・介護費用:3万円
・居住費:11万2,000円
・食費:3万6,000円
・合計(月額):17万8,000円
・年金のみの不足額(月額):5万円
【92歳】要介護5
・介護費用:3万1,000円
・居住費:11万2,000円
・食費:3万6,000円
・合計(月額):17万9,000円
・年金のみの不足額(月額):5万1,000円
◎13年間で779万8,000円不足(総費用2,776万6,000円/年金総額1,996万8,000円)
■別々に暮らして在宅介護する場合
75歳で夫に先立たれたEさん。家事全般をこなし、近所の娘夫婦から自立して生活していた。ところが79歳のある日、階段から転倒してしまい骨折。娘からは施設への入所も提案されたが、これまで元気が取り柄だったEさんは「いまさら住む場所を変えたくない」と在宅介護にこだわった。手すりを設置するなど、自宅をバリアフリーにリフォームし、訪問介護や通所介護を利用できるよう、計画をケアマネと立てた。死ぬまで歩きたいと、家の中でも積極的に歩いたが、再び転倒し、要介護2に。近くに住む娘の手を借りながら、介護保険のサービスを活用し、家の畳の上で生涯を終えることができた。
〈試算〉
・介護リフォーム代:2万円(20万円利用したぶんの自己負担1割)
【80~89歳】要介護1
・介護費用:1万4,000円
・生活費:15万円
・合計(月額):16万4,000円
・年金のみの不足額(月額):3万6,000円
【90~92歳】要介護2
・介護費用:1万5,000円
・生活費:15万円
・合計(月額):16万5,000円
・年金のみの不足額(月額):3万7,000円
◎13年間で567万2,000円不足(総費用2,562万円/年金総額1,996万8,000円)
在宅でも567万円不足するという結果に。ただし、「今回の試算は総務省が行っている家計調査の平均値を利用しています。
「あくまでも概算です。都心部の高齢者施設を利用すれば費用はさらに高くなるし、基礎年金のみの人は厚生年金より受給額が低いので、不足額はより大きくなるでしょう。また、人生100年時代、さらに長く生きるケースも、十分に考えられます」(齋藤さん)
もちろん、こうした不足分を、親の貯蓄や、不動産や株式の収入でカバーできればベスト。だが、足りない場合は、子どもたちで負担できるのか、計算しておくことが必要だ。
「コロナを理由に、親にエンディングノートを書いてもらうなどして、資産状況を整理しておくといいでしょう」(寺門さん)
穏やかに親に旅立ってもらうためにも、現実的な高齢者施設選びを考えよう。
「女性自身」2021年1月19日・26日合併号 掲載