3月26日金曜日、ここは北九州市のコミュニティFM「エアステーションヒビキ」(88.2MHz)のサテライトスタジオ。一面ガラス張りのスタジオに、穏やかな春の日差しが差し込んでいる。

「みなさま、こんにちは~。『ラジオ@オレンジカフェ』の時間になりました」

ナビゲーターを務める“ゴンちゃん”こと権頭喜美恵さんの第一声で、この日の放送も始まった。

パーソナリティは、3人。酒井清子さん(87)、中村文子さん(90)、天神ツキミさん(88)。3人で、パーソナリティトリオの「あめちゃんず」だ。3人は、アルツハイマー型認知症を患って、同じグループホームで暮らしている。

3人合わせて265歳! 月1回、第4金曜日午後1時から1時間の生放送。あめちゃんずは現役バリバリのラジオパーソナリティだ。

あめちゃんずの生みの親はといえば、ゴンちゃんこと権頭さん。

権頭さんは、社会福祉法人・「もやい聖友会」の理事長で、スタジオがある特別養護老人ホーム「銀杏庵穴生倶楽部」は同法人が運営している。

「特養(特別養護老人ホーム)を建てるときに思ったんです。特養を地域と普通につながっている場所にしたいなって」

それから、ひらめいたという。

「認知症のおばあちゃんたち、ラジオに出ないかな」と――。

メンバーいちのおしゃべり上手で、時おり毒を吐く酒井さんは、昭和8年生まれの87歳。

「生まれたのは北九州の若松ね。父は戦争で硫黄島に行って亡くなった。やっぱ泣いたよ、私は」

ときには過去と現在が交錯する。

「戦時中はこのあたりも空襲はあったよ。ここのスタッフが『ここから逃げなさい』って言ってくれるけん、それで逃げた」

母も早くに他界。年の離れた兄が親代わりだった。

「でもね、ここは楽しいよ。親のおらん私たちでも丁寧に扱ってくれるしね。幸せと思ったね。父もおらんで、兄と姉と3人だったから、(幼少期は)寂しかった。

その点、ここは、いい人ばっかやから。ラジオも楽しいね。私、バカ言うのが好きなんよ。冗談とかがね」

一方、天神さんは、自分のことを「テンコ」と呼ぶ。

「テンテンテン鞠、テン手鞠♪ って歌があるじゃないか。テンコは鹿児島の田舎、川辺郡(現・南九州市)川辺町上山田で生まれました。何歳ですかねぇ。もういい年よ。顔のよかオゴジョって言われよったよ、私は。別嬪さんちゅうこと。それが今は誰一人としてほれてくれる人も、『おまえかわいいのう』と言ってくれる人もおりません!」

ラジオでのことを聞くと、すでに記憶にないようだった。

「は? 私がなんでラジオやる? おしゃべりは多いと。

黙っといたら寂しいでないかい。日は長いし、誰もしゃべってくれる人がおらんと『ああ、寂しい』ってなるからね。そうするとボケがくるんだよ。ある程度、年を重ねたら、独り言でもいいから、小さな声でしゃべったり、歌ったりせんとね。しまいにはもう何が何だかわからんことなって、ションベンしかぶるわ!」

お姉さんキャラで、世話好きの中村さんは、いつも柔らかな笑みが絶えない。

「生まれたのは昭和5年6月3日。だからもう90歳!」

と、90歳に力をこめた。生まれは愛媛県。学校を出た後、紡績工場や製鉄会社の電話交換手などをして懸命に働いたという。

「働きづめやった。こっち(福岡県)に来て、戦争の真っ最中に国鉄に勤めよってね。切符切りしよったの。

みんなが疎開してくるやろ。それを区別せないけんから、貨車から飛び降りよったしね」

話の後半は、理解不能。でも、そのままを受け止めればいい。何度も繰り返した言葉は、「楽しい」だった。

「ラジオ? 楽しいよ。私ね、なんでも参加するの。散歩も楽しい」

権頭さんは言う。

「あめちゃんずの3人は、ラジオに出るようになって、とても前向きになった気がします。お話も上手になった。聞いている人を意識するようになったからですね。

『何が何だかわからない』と言っていた人が、『何か面白いこと言わな』『笑ってくれたらいいな』と、考えているのが伝わってくる。進歩してる。

すごいことです」

ラジオの生放送を終えた後、近所の公園を出演者5人で散歩した。

「ここはええね。明るくて、桜もきれいで」

少し前に足首をひねった酒井さんは車いすだが、車いすを押す権頭さんに盛んに話しかけている。中村さんと天神さんは、小島さんに手を引かれ、のんびり歩いた。

「あめちゃんずのラジオを通して、認知症になっても、一緒に会話を楽しめるんだよということをもっと皆さんに知ってほしいですね。認知症=不幸せと思ってほしくないんです。認知症を患ったからといって、何もできないわけではない。まして怖い人でも、迷惑かけるばかりの厄介者でもない。一緒にいるだけで、ほっこりした気持ちにさせてもらえる。癒されるし、優しい気持ちにさせてもえる。そのゆったりとした優しい時間を1人でも多くの方に味わっていただいて、正しい認知症の姿を知ってほしいと思っています」

と、権頭さん。

「あめちゃんずの皆さんには100歳を目指していただきたいですね。

3人で、300歳で、ラジオでおしゃべり。そのときどんな会話が飛び出すか。楽しみでしょうがないです」

そろって眩しそうに満開の桜を見上げるあめちゃんず。3つの笑顔が明るい春の日に輝いていた――。

「女性自身」2021年5月4日号 掲載

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