注射や点滴を用いずに投与できる飲み薬の登場は、新型コロナウイルスとの闘いにおいて心強い味方になりうる。そんな“武器”の開発が、急ピッチで進められているーー。

《米国メルク社が開発中の経口薬で、重症化リスク50%低下。国内でも年内供給開始へ》

深刻だった第5波の拡大もいったんの収束をみせるなか、新型コロナウイルスの治療薬のニュースを目にして“コロナ前の日常”へ近づくことに期待を寄せる声も少なくない。

開発中の新薬とは、どのような薬なのか? 順天堂大学講師で薬学博士の玉谷卓也先生が解説する。

「新型コロナウイルスに感染して重症化すると、本来、体を守るはずの免疫システムが嵐のように暴走し、全身に炎症を引き起こす“サイトカインストーム”が起こります。現在までに医療現場で用いられている治療薬は、主にこの免疫の過剰反応を抑えるものです。いっぽう、最終段階の治験が進められているメルク社の『モルヌピラビル』は、新型コロナウイルスに直接作用して増殖を抑える軽症者向けの経口薬(飲み薬)。コロナウイルスが増殖するために不可欠なRNAポリメラーゼという酵素の働きを阻害することで、ウイルスが増えるのを抑制し、重症化を防ぐことが期待されています」

メルク以外にも、ファイザー、ロシュ、塩野義製薬が、コロナウイルスの増殖を抑える経口薬の開発を進めており、来春には実用化されるかもしれない。

■「新治療薬」※メーカーの発表、報道をもとに本誌作成

【メルク(米国)】「モルヌピラビル」/実用化の見込み:年内

飲み薬を12時間おきに10回、5日間服用する。ウイルスの増殖を阻害し、発症を防ぐ効果も期待。入院していない軽症、中等症の患者が対象。

【ファイザー(米国)】「PF-07321332」/実用化の見込み:’22年1月ごろ

飲み薬と静脈注射があり、細胞内でウイルスの増殖に不可欠な酵素の働きを妨げる。入院していない軽症、中等症の患者が対象。

【ロシュ(スイス)】など「AT-527」/実用化の見込み:’22年春ごろ

C型肝炎ウイルス治療薬を転用。RNAポリメラーゼ阻害薬で、ウイルスの増殖を抑制する飲み薬。軽症、中等症の患者が対象。

【塩野義製薬「S-217622」】/実用化の見込み:’21年内に申請、’22年1~3月に実用化か

ウイルスが細胞内で増殖するために必要な酵素の働きを妨げる経口薬。無症状、軽症の患者が対象。1日1回5日間服用する。

供給不足が気がかりなコロナワクチンも、来年には国内産を含めて多くが流通する見通しだ。新たなタイプのワクチンも複数のメーカーが開発を急いでいる。

■「ワクチン」※メーカーの発表、報道をもとに本誌作成

【ノババックス(米国)】「組換えタンパクワクチン」/実用化の見込み:’22年1月以降

ウイルスの遺伝子情報をもとに昆虫の細胞を使う。2~8度の環境で保存でき、副反応が少ないとも。

【塩野義製薬】「組換えタンパクワクチン」/実用化の見込み:’21年度内

ウイルスの遺伝子情報から抗原タンパク質を作る。年末までに3,000万回分の生産体制を整える。

【ジョンソン・エンド・ジョンソン(米国)】「ウイルスベクターワクチン」/実用化の見込み:’22年1月以降

ウイルスの遺伝子情報を、人にとって無害な別のウイルスに組み込み投与。接種が1回で済む。

【アンジェス】「DNAワクチン」/実用化の見込み:’22年度内

人工的に作った遺伝情報の一部を投与し、ウイルスのタンパク質(抗原)を合成し免疫反応を起こす。

【第一三共】「mRNAワクチン」/実用化の見込み:’22年度内にも実用化

ウイルスの遺伝子情報を体内に投与。ウイルスの抗原を作る。変異種にも迅速に対応可能。

【VLPセラピューティクス・ジャパン】「mRNAワクチン」/実用化の見込み:22年中

ウイルスの遺伝子情報を体内に投与。ウイルスの抗原を作る。大量生産が容易にできる。

【KMバイオロジクス】「不活化ワクチン」/実用化の見込み:’22年度内

感染や増殖のリスクのない、不活化したウイルスを体内に投与する、従来型のタイプのワクチン。

【田辺三菱製薬】「植物由来ワクチン」/実用化の見込み:’23年3月

生育の早いタバコ属の植物にウイルスの遺伝子を組み込み、葉からワクチン成分を抽出。

【塩野義製薬】「経鼻ワクチン」/実用化の見込み:’22年度内に治験開始

鼻や喉の粘膜に免疫をつけて感染を予防。

医療環境が未整備でも使用できるメリットが。

「不活化した新型コロナウイルスの一部を体内に投与する不活化ワクチン、ウイルスの一部のタンパクを人体に投与して免疫を作る組み換えタンパクワクチンやDNAワクチン、1回の接種で済むジョンソン・エンド・ジョンソン社製のワクチンなど、さまざまな種類のワクチン開発が国内外で進められています。実用化されれば選択肢が広がります。また注射を使わずに鼻に噴霧する経鼻型、口から吸入する経口型のワクチンも開発が進められており、これまでアレルギーや体質的にワクチンを打てなかった人や医療環境が整っていない場所でも接種ができる可能性もあります」(玉谷先生)

そのうちの多くが、今年度中の実用化を目標としている。米国ニューヨークのマウントサイナイ医科大学の内科医、山田悠史先生が語る。

「慎重に考えても、医療の現場にいる立場としては“戦える武器”が増えるわけですから、明るい光が見えてきたといえるでしょう。しかし、治療薬やワクチンが増えたからといって、感染予防をしなくてもいいわけではありません。火事が起こっても火を消せばいいか、あるいはそもそも火事を起こさないことが大切なのか、ということです。消火方法を持っていても、火事が起きればケガをする可能性はあるのです。同時に感染しないことも重要。ワクチンを接種して、日ごろの感染対策をしっかりやることも大切になってきます」

以前の暮らしに戻れるのは、いつになるのだろうか?

「ウイルスの増殖を防ぐ飲み薬とワクチンがあることで、新型コロナがインフルエンザと同じように対応できる可能性が出てきました。ただインフルエンザがそうであるように、今後、新型コロナがなくなることはないでしょう。

飲み薬とワクチン接種が広まることで、ウイルスとの共存ができるようになり、近い将来には社会生活を元に戻しても問題ない状況になると考えています」(玉谷先生)

来年の春には、マスク習慣の終わりにひと筋の光が見えるかも?

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