「これから、ウクライナから避難してきた方と接することが、日本でも増えていくでしょう。避難してきた方は、『日本に避難できてよかった』と笑顔を見せるかもしれませんが、ほとんどの人は砲撃や爆撃の音が耳から離れないほどの壮絶な経験をされています。

家族がまだウクライナ国内に留まっていたり、皆つらい別れを経験し、“自分だけ避難してしまっていいのか”という葛藤を抱えています。ウクライナから避難してきた人たちの感情を思いやりながら、日本人みんなで助けてあげられたらいいなと思います」

こう話すのは、清風情報工科学院校長の平岡憲人さん(55)だ。同校は大阪市にある専門学校で、日本語学校を併設している。平岡さんは、日本国内にある日本語学校に呼びかけて、「ウクライナ学生支援会」を設立し、同会の代表を務めている。

3月に設立された支援会には、これまでに首都圏や関西圏、静岡県、熊本県などにある30以上の日本語学校が参加。戦火が続くウクライナから学生や若者を留学生として受け入れるプロジェクトを進めている。

計画では、短期滞在ビザで日本に入国した学生を、各地の日本語学校に入学してもらって日本語を学んでもらう。彼らの学費は、支援会が全額から半額を負担、生活も補助するという。

「住居やアルバイト先の確保、住民票の取り方や銀行口座開設の方法、携帯電話の契約、ビザの管理などから、ゴミの分別まで、生活に関わるあらゆることをサポートします。

すでに、自治体や民間企業から、宿舎の提供に協力すると申し出もいただいています。また、支援会に参加している学校の周辺住民からも『ウクライナから学生が入学したら協力したい』という声をいただいています」(平岡さん・以下同)

そもそも、なぜ支援会を設立することになったのだろうか。

「連日、メディアでウクライナの悲惨な状況を見て心を痛めていました。

ある日、私の妻から、『教育で何かウクライナの人に貢献できる方法はないの』と言われて、ならばウクライナの学生や若者に、うちの学校に留学してもらって、学費や生活を支援しようと思いついたのです。

もともとうちの学校では、外国の方に向けた日本語教育やIT教育に取り組んできました。勉強以外にも、外国人が円滑に日本社会に定着するノウハウがあるので、何か力になれることもあるだろうと……。

しかし、わが校だけでは受け入れられる人数に限界があります。そこで、付き合いのある日本語学校を中心に声をかけてみたら、『ぜひうちも協力したい』という申し出がどんどんいただけて、支援会を発足することになりました」

■母国を離れる娘と送り出す母親たちの葛藤

支援会では3月下旬からオンライン会議システムを使って、日本への留学を希望するウクライナ人学生への面接を始めている。

「3月中だけで、この留学プログラムに参加したいというウクライナの学生6人と面接をしました。現在、ウクライナでは18歳~60歳の男性は出国できません。国外に避難できるのは女性だけですから、今回のプログラムに応募された学生は女性のみです」

平岡さんたちが面接した学生たちはみな、支援会のホームページやSNSでの告知を見つけて直接応募してきた。

「ウクライナ東部に位置するドニプロに住む大学生は、両親がインスタグラムでこのプログラムを見つけて応募されました。もともと日本語を専攻していて、現地で日本語教師もやっていた経験があった学生です。

彼女は、両親と弟の4人家族。一緒に日本へ避難しようと両親を誘ったのですが、『ウクライナを守るために残る。

あなたは、まだ若いんだから日本に避難して勉強を続けなさい』と言われたそうです。

また、原発がロシア軍によって攻撃されたザポリージャに住んでいた別の学生も、一緒に避難しようと母親を誘ったそうです。しかし、『私は国に残って家を守っておくから』と言われたと。彼女は、『たとえ日本に避難できても、親をウクライナに残してひとりだけ避難してよかったのか、毎日苛まれるかもしれない…』と葛藤していました」

今回用意される留学プログラムには、家族での避難にも対応できるように用意している学校もあるというがーー。

「受け入れ側の日本語学校のなかには、“家族で避難してきても受け入れる”という学校もあります。しかし先の学生のように、避難してくる娘や、国に残る親の両方が悩み抜いて決断を下しています。最終的にその学生は日本行きを決断したのですが、避難する娘、ウクライナに残る母親の両方が、胸が張り裂けるような思いをしているのです」

留学生の第一陣は、4月11日の入学式に間に合うよう来日できた学生もいる。

「最初10校ほどで、20人を第一期生として4月中に受け入れられるように調整が進んでいます。その後は5月末までに、100人~150人を協力校に割り振って受け入れられるようにしたいですね。

日本に住んでいるウクライナ人の方にも、このプロジェクトに協力していただく予定です。参加している日本語学校を回ってもらって、留学生とウクライナ語での話し相手や相談相手になってもらうのです。学校では笑顔でいても、実際には故郷が爆撃を受けている状態が続いていれば、とても心中穏やかにはいられないでしょうから……」

■最大のネックは渡航費の確保

留学生の学費は、半額から最大で全額を学校が負担し、滞在費や渡航費などはクラウドファンディングで集めて、留学生への支援に充てるという。

だが、問題も少なくない。

「学生の受け入れにあたって、いま最大のネックとなっているのは渡航費です。

そもそも、ウクライナ国内を移動して国外に脱出するのも一苦労ですが、そこからすぐに日本に向かえるわけではありません。例えばある学生が、電車を乗り継いで2日かけてウクライナから出国し、ポーランドの首都・ワルシャワに着いて、日本に向かおうとします。

それにはまず、ビザを取得しないといけません。日本政府はすぐに発給する方針を示していますが、それでも3日前後はかかってしまいます。

ビザがないと航空券は買えませんし、やっと買える段階になっても、すぐ乗れる便は高額で、手が届きにくい。そうすると、その学生は何日間かワルシャワ市内に滞在しなければなりません。その際の滞在費もかかるわけですが、避難する学生の家庭の経済状況はさまざまです。ポーランドに避難するだけのお金しかないという学生もいましたから……」

平岡さんによれば、そうした学生を迎えに行ったり、泊まるところの確保を手伝ってもらうため、ポーランド在住の日本語教師に協力を仰いでいるという。

「こうしたケースは、今後受け入れを進めるにあたって頻発すると考えています。海外渡航の経験もない学生も中にはいて、乗り換えが少ない航空便に搭乗できるようにしてあげたいのですが……」

4月7日、岸田文雄首相は、ウクライナ避難民の日本への渡航を支援する方針を表明。

日本行きを希望する人を集めて、ポーランドからの民間機の座席を政府が借り上げて移動を支援するというが……。

「政府もいろいろと手を打ってくださっていますが、なかなかすぐに対応策がまとまって動き出すわけではありません。資産のある方に、留学生に乗ってもらうチャーター便を飛ばしてもらえればいいのですが、そうもいきません。まずは私たちの団体が、学生の渡航を精一杯支援していくつもりです。

支援会を発足してから私たちは、渡航をサポートする費用はクラウドファンディングで集めています。渡航費がしっかり確保されていれば、もっと多くの学生を救うことができるので、今後も協力していただけるように呼びかけていきます」

ひとりでも多くのウクライナ人の学生が、日本で平穏に勉学に励めるようになってほしいものだーー。

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