ロシアのウクライナ侵攻で、ますます原油や穀物の価格が高騰している。超円安も相まって、物価は信じられないスピードで上昇している。

一方で、私たちの給与の伸びは鈍い。

多くの企業では希望退職者を募集していて、このまま今の会社で定年まで働ける保証もない。こうした不安ばかりの時代に、私たちはどう仕事と向き合っていくべきか。

新型感染症が蔓延するなかでの金融危機を描いた『Disruptor 金融の破壊者』(光文社)などの経済小説を多数上梓している作家で、元銀行員の江上剛さんが、ポストコロナ時代の働き方を語る。

「私は第一勧業銀行(現・みずほ銀行)出身なので複雑な気持ちで見ているのですが、昨年からみずほ銀行が複数のシステム障害を繰り返しています。原因を検証するレポートには、行内が『余計なことをしない文化になった』というようなことが書かれていた。トラブルに対して、全社的に取り組む姿勢が欠けていたということです。これは日本の大企業を象徴していると思います」

江上さんはそう語る。こうした背景には、近年になって多くの企業で導入されるようになった「ジョブ型人事制度」の影響があるという。これは、担当する仕事と職責を明確にし、それに基づき人事をし、報酬を決めるという制度で、実際に日立や東芝などが取り入れている。

しかし、この制度を採用していなくても、仕事と職責の範囲を明確にするという流れは多くの大企業に広がっているという。何か気になることがあっても、自分の職責以外のことには手を出さない。

困っていたとしても、助けることはしない。

「大企業では『余計なことをしない』『事なかれ主義』という文化が経営者のみならず、一般の社員にも広がっていると思います。しかし、日本企業の本来の強みは、みんなで助け合うことができる会社の風土、古くさい言い方かもしれませんが、『おせっかい焼き』の精神だったはずです」

かつての「ものづくり企業」は工場や現場とオフィスの垣根を越えて、協力して新しい製品を生み出し、成長していった。しかし、こうした企業も大企業になるにつれてセクショナリズムが進行し、「事なかれ主義」が蔓延していった結果、イノベーションを起こす力を失っていったのではないかと江上さんはみている。

■中小企業にこそ成長の余地がある

「一部の中小企業では、まだまだ『おせっかい焼き』の職場が残っています。社長と社員、社員同士のあいだに意思の疎通があって、自社製品の品質向上のためには企業努力を惜しまない協力体制があること。そして利益がしっかりと社員に還元されること。そんな中小企業であれば、まだまだ成長していく余地があると思います」

中小企業で働いている人は、「自分の会社は小さいから」などと卑下せずに、成長の余地のある会社で働いていると考えてほしい。

一方、大企業で働いている人はどうすればいいのだろうか。やりがいを感じているのならいいが、仕事に魅力を見いだせず、“停滞”しているような人は? 江上さんは「いっそ開き直ってしまえばいい」とアドバイスする。

「なにかやり残したことがあるはず。いつかやりたいと思っていたけれど実現していないことをとりあえず提案してみる、やってみる。

大企業に勤める私の知り合いには、ある商品に強いこだわりを持って『これにしか関わりたくない』と開きなおった結果、成果を出して関連会社の社長にまでなった人がいます。どうしても直接顧客に関わりたくて、大手の製薬会社を辞めて、薬局を立ち上げた人も。また、ある大手メーカーの技術職は、海外に行ったときに技術を教えてほしいと頼まれ、実際に移住して指導を行っています。自分がやりたいことを開き直ってとりあえずやってみる。そうすれば、展望は開けるのです」

江上さんがそう言えるのも、自分自身が「開き直ってとりあえずやってみた」人間だからだ。

「私は49歳で会社を辞めました。当時、第一勧銀の築地支店長という役職でした。まだ1作しか小説は出ておらず食べていける保証はなかったけど、このまま会社に残るよりも作家の道を選びたいと思ったのです」

それから約20年。「なんでもやってみる」の精神で、仕事のオファーは基本的に断らないことをモットーにしている。その結果、数十冊の小説やビジネス本を出版する人気作家になった。

■「人として付き合っている人」を大切にする

「自分にはやりたいこと実現する方法が見つからない」とか、「それを実現させる能力がない」と考えているような人はどうすればいいのだろうか。今こそ、自分が築いてきた人脈を見直すべきと江上さんはいう。

「自分がどんな仕事を、どんな人としてきたのかを振り返ってみましょう。これまで交換してきた名刺がその助けになってくれるでしょう。大切なのは『会社の名前で付き合ってくれた人』と『そうでない人』で分けること。人として付き合ってきた人は、今後の人生のなかで大きな助けになるはずです」

そうした相手であれば、より深い相談ができる可能性があるし、退職後の仕事のつきあいもできるかもしれない。

「銀行の広報をしていた時代、いろいろなマスコミの人に助けられました。会社ではなく私個人をみて助けてくれたのです。そういう人とは、いまでも交流があって、いろいろ世話になっています。名刺を見返したりするなかで、『あの人どうしているかな』と思ったら、とりあえず会ってみるべきですよ。素のまま、レッテルを外して付き合える人がみつかるはずです」

最後に、ひとりひとりが自分の仕事に、人生に誇りをもってほしいと江上さんはいう。

「われわれは、漠然とした不安の中にいます。日本経済の停滞とか、リストラの話ばかり聞いて気も滅入りがちです。しかし、あなたの責任ではないのだから、そんな悪い空気に流される必要はありません。

大事なのは、自分のキャリアに自信と誇りを持つこと。そんな人にこそ展望は開けるし、社の内外から手を貸してくれる人が現れるはずです」

【プロフィール】

江上剛

1954年、兵庫県生れ。早稲田大学政治経済学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)に入行。広報部次長や築地支店長などを務めた。2002年に『非情銀行』(新潮社)で作家デビューし、2003年に50歳直前で退職し専業作家に。『隠蔽指令』(徳間書店)や「庶務行員 多加賀主水」シリーズ(徳間書店)など、多数の作品がドラマ化されている。最新刊は『創世の日・巨大財閥解体と総帥の決断』(朝日新聞出版)

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