12月3日午前10時、週末の千葉県のイオンモール木更津。多くの家族連れでにぎわうなか、2階にある展示スペースで、ひっそりと小さな写真展が始まった。

30点ほどのパネルには、子供たちがカラフルなバルーンやシャボン玉に夢中になっていたり、あどけない表情でソファでくつろぐ姿などが写されている。

一見、何げない日常の光景だが、作為のない子供たちの表情や、会場全体の飾りつけもパステルのトーンで統一されていて、不思議な幸福感に満ちているのだ。

《ここにいる全員、障害のあるキッズモデル》

入口脇に掲げられた写真展のタイトルのとおり、実は、ここに写っているすべての子供が、何らかの障害と共に生活している。よく見れば、パネルの脇にモデルの名前と一緒に「7歳・自閉症・肢体不自由」「3歳・自閉症・重度知的障害」などとプロフィールが添えられていた。

「写真も会場も明るい雰囲気で、驚かれたでしょう。私が何より大切にしているのが、この世界観なんです。障害につきまとう、暗かったり、マイナスのイメージを変えたいんです」

そう話すのは、この写真展を主催した、障害のある子供たちのモデル事業などを手がける「華ひらく」(東京都新宿区)社長の内木美樹さん(40)。

「コンセプトは、“ありのままを伝える”。ちょうど今日から障害者週間が始まります。また、’16年に始まったSDGs(持続可能な開発目標)の活動が今年で折返し点ということで、各分野でそのことが話題でしたが、その全体理念である『誰ひとり取り残さない』のなかに、果たして障害者は含まれているでしょうか。

この写真展が、そんなことを考えるきっかけになれば」

その後も、訪れる買い物客らに写真の説明などをしていると、

「ママ!」

2人の男の子が、内木さん目がけて駆け寄っていく。長男の尊くん(9)と次男の謙くん(6)が父親の克親さん(43)に連れられて、オープニングの“陣中見舞い”にやってきたのだった。

「2人とも、来てくれたんだ」

ぶつかるように飛びついてきた尊くんを抱きとめながら、すっかりお母さんの顔で、

「尊には、自閉症と重度の知的障害があります。恥ずかしい話ですが、この子が生まれるまで、私も障害者に偏見を持つ“あっち側”の一人で、その存在を知りながら目をそむけていました。

だからこそ、“こっち側”で障害に関する多くのガラスの壁を体験するなかで、無関心なあっち側の人たちに現状を知ってもらうことが、さまざまなマイノリティの人々が生きにくい今の社会を変えるきっかけになると、自分の体験からも気づいたんです」

まさしく、この写真展はその第一歩であり、いま胸に抱く尊くんこそ、この活動のきっかけをくれた、最初の一人だった。

■「“ありのままの姿を知ってほしい”と前に進む姿に、私も逆に勇気をもらうんです」

《障害児の母として、「障害があっても堂々と生きられる社会を作りたい」と思い、このモデル事業を立ち上げました。傷つくことを言われるかもしれませんが、それでも覚悟を決められた方は、お申し込みください》

’21年7月、キッズモデル事業のスタートに当たり、周囲に相談すると、ほとんどの答えは、

「人が集まらないでしょう」「日本って、家族に障害者がいても隠したがるのでは?」

というものだった。しかし、インスタグラムなどを通じて募集を呼びかけたところ、思いがけない反響があったのだ。

「まず1週間以内に、北海道から九州まで10人以上の方からご応募がありました。私一人の会社ですから、手続きなどが追いつかず、いったん募集を休止するほどで」

応募してきた父母たちの生の声を聞いて、内木さんは、障害児を取り巻く環境が今こそ変わろうとしていることを実感する。

「すでにSNSの世界では、『障害児ママの子育て』といったハッシュタグで、同じ悩みを持つ人同士がつながる動きも多く見られていました。そうか、若い世代の両親たちは、“もう障害を隠す時代ではない”と思っていて、“ありのままの姿を知ってほしい”と前に歩み出しているんだと、私も逆に勇気をもらうんです」

千葉県茂原市在住の渡邊愛さん(43)は、家族会議を開いて、ADHDと軽度知的障害のあるやまと君(7)のモデル登録をした。

「最後は、やまと自身の、『僕、モデルをやりたい!』のひと言が決め手でした。もともと天真らんまんな子なんです。

障害があっても、こんなに楽しく過ごしていることを伝えたかったし、表に出ることで何かあっても、私たち両親が盾になるとの覚悟もできました」

■障害者雇用に積極的に取り組んでいる企業の広告に、障害児キッズモデルが登場、大評判に

キッズモデルの確保に手応えを感じた内木さんは、同時に企業側へのアプローチを始めた。

「飛込み営業で、まずは世間的にSDGsに力を入れている会社などに連絡しましたが、ほとんどが『前例がありません』『障害者を利用してお金もうけをしているとのクレームにつながりかねない』というお返事でした。

そこで、よし、外堀から埋めようと思うんです。社会のほうから“日本にだって障害のあるキッズモデルがいてもいいよね”というウエーブを作ろうと。その具体策が、写真コンテストでした」

このコンテストは、新聞各紙などにも取り上げられ、冒頭のとおり、その後の写真展にもつながっていき、大きな成果を上げた。

同時に進んでいたのが、ある広告プロジェクト。その相手企業がチョークや描いても消せる筆記具「キットパス」で知られる日本理化学工業(川崎市)だった。

「60年以上前から障害者雇用に取り組み、社員の7割が知的障害者という日本理化学工業さんは、ずっと大ファンで、モデル事業を立ち上げたときに、ぜひお声がけしようと決めていたんです」

同社広報部の雫緑さん(42)は、

「今年4月、わが社のホームページのお問い合わせ欄に、内木さんの最初のメールが届きました。

障害のある方への思い、ご自身のママとしての思いがあふれるほどの長文で、私自身4歳児の母親として大いに共感して、すぐに広告作りが動き出しました」

早くも翌5月には、千葉県の鴨川でキットパスの新商品の広告の撮影が行われた。「華ひらく」から出演するのは、ダウン症のすみれちゃん(8)と自閉症と軽度知的障害のあるなぎさちゃん(7)。

ほかの広告制作との大きな違いは演技指導などが一切ないこと。現場に立ち会った、なぎさちゃんの母親の武藤綾夏さん(34)は、

「内木さんから『お絵描きの好きな子向きの仕事があります』と一斉メールが来て、なぎさにぴったりと思いました。

家でも何時間でも描き続ける子なんです。撮影の現場でも、『この大きな窓ガラスに好きに絵を描いていいんだよ』と伝えられたあとは、大人は手出しせずに、のびのび自由にやらせていただけました」

完成した広告写真は、商品チラシや展示会パネルに使用され、大評判となった。雫さんは、

「現場で、無我夢中でらくがきに没頭する子供たちの笑顔こそ、私たちが伝えたかった商品のコンセプトそのものです。これは、新しい化学反応ができたなと、現場で広告の成功を確信しました」

現在、「華ひらく」に登録しているキッズモデルは、0~13歳の38人、契約企業はフォトスタジオやこども食堂など7社。

もちろん、この事業のきっかけとなった内木さんの長男の尊くんも、トランポリン施設の広告などに出演している。

「いつもは、公園でも『早くやりたい』で順番を待てないのに、トランポリンの撮影では、ルールを守れたんです。ほどよい緊張感があったようです。『あんた、やればできるじゃん』って、思わず声が出てました(笑)」

かつては目をそむけていた障害者に、気づけば、自分から話しかけるようになっていた。

「今では、尊の障害に感謝しています。キッズモデルの広告や写真を通じて、多くの人にその存在を気にかけてもらえるとうれしい」

とはいえ、ほかの業種同様に、コロナ禍もあって、営業の現場はかなり苦戦しているというが、

「どんどん減っていく会社の通帳の預金額を見ると、心が折れそうになりますが、そんなときはマザー・テレサの愛にまつわる言葉を思い出して、自分を元気づけます。

目標は、各都道府県に男女1人ずつのキッズモデルさん。テレビCMもやりたいし、いつか町のビルボード(屋外広告)にうちのモデルの写真がバーンと掲げられたら、私、泣いちゃうでしょうね」

【後編】さまざまな障害のある子供たちのモデル事業を行う「華ひらく」社長・内木美樹さんへつづく

編集部おすすめ