「特例として協力いただく」

2月1日の衆院予算委員会でこう語ったのは、岸田文雄首相(65)だ。税外収入として国立病院機構(NHO)から422億円、地域医療機能推進機構(JCHO)から324億円もの積立金が返納させられ、防衛費に充当される問題。

野党から「防衛への流用」と批判されたにもかかわらず、かたくなにゆずらなかったのだ。

「防衛費増額のために、日本の医療や社会保障が脅かされようとしています」

こう警鐘を鳴らすのは、全国保険医団体連合会の住江憲勇会長。

岸田内閣は昨年12月、敵基地攻撃能力の保有や防衛費増額を盛り込んだ3文書を閣議決定。’23年から5年間の防衛費総額を現在の27兆5千億円から43兆円に増額し、’27年度には防衛費を対GDPの2%へと引き上げる方針だ。

そのために流用される、冒頭の積立金だが、JCHOは年金保険料によって作られているため、積立金が不要見込みとなった場合、本来は年金特別会計に返納される決まり。NHOの積立金も、国庫へ返納された場合、医療のために使われるのが筋だろう。

また、突然の返納によって、経営への影響も心配されるところだ。JCHO企画課は「政府からの厳しいご判断だが、事業計画に影響はない」と回答したが、前出・住江さんは、以下のような見解だ。

「コロナ禍に直面し、平時から感染症対策として設備投資が必要ですし、不測の事態のために財源を確保しなければならないはずです。たとえばエクモなどはあれほど足りなくて困っていたのだから、各病院で機器を増やし、人材を育成する必要も出てくるでしょう」

さらに住江さんが危惧するのは、国民に負担増を強いることで、医療や介護財源でわざと“余ったお金”を生じさせ、これを防衛費に充てようとする事態だ。

「今年に入ってコロナの感染症法における位置付けが、2類相当から5類に引き下げられることになりました。5類になることで、ワクチン接種や医療費の自己負担額が増え、公費の支出が少なくなる。

余ったコロナ対策費は今後防衛費に充てられるので、そのためにコロナを5類にしたのではないかと、疑いたくなります」

医療・介護分野の“改悪”も、より現実味を増してきたという。

「昨年、後期高齢者の一部で医療費自己負担が2割になりました。現在も、健康保険料の引き上げ、介護分野ではケアプランの有料化や自己負担割合を1割から2割に増やすことなどが議論されています。先送りとなっている要介護1、要介護2を介護保険からはずすという議論も再燃するでしょう」

防衛費のために国が医療費、介護費を出し渋れば、医療や介護を受けられず、失われる命が増えかねない。

■負担なき防衛費増はまやかしでしかない

「国はかなり無理をして防衛費財源を集めている」と見るのは、第一生命経済研究所の主任エコノミストの星野卓也さんだ。

「為替準備金である外為特会の剰余金3.1兆円、国の融資や出資金を扱う財政投融資特別会計からの繰入金0.6兆円などを、防衛費に充てる方針です。今年は子ども予算の倍増に向けた議論も行われる予定。消費税の増税や社会保険料引き上げなど、さらなる負担増を求める動きが出てくる可能性があります」

このような国のやり方には、経済産業省の元官僚・古賀茂明さんも異を唱える。

「外為特会や財政投融資特別会計に剰余金があれば、本来、国庫に返納され、子育てや社会保障など、その使い道が議論されるべきです。しかし、今回は問答無用で防衛に回す。その理由は『防衛費のために増税します』と大々的に言いたくないから。“実はお金はあるので、心配しないでください”として、防衛費増額への反発を抑えたいのでしょう。

しかし、そうしたお金も元は私たちの税金。防衛費に回れば、子育てや社会保障に充てるお金が減ります。それで今度は『子育てのために増税やむなし』と理解を求めようとするのです。こんなまやかし、許されません」

無理やり集められる金額は、総額5.3兆円以上に及ぶ(左上表参照)。また、岸田内閣が打ち出した防衛費増額のための所得税増税は、あたかも負担がないかのように説明されるが、これもまやかしだ。

「所得税1%分(2千億円)が防衛費に充てられると発表されています。すでに支払っている復興特別所得税2.1%を1%分引き下げ、その分を防衛費に流用することになるので、毎年支払う税金が増えるわけではありません。

しかしその分、徴収期限を延長して復興財源を確保する必要があり、20年延長という話も出ています。復興特別税は本来’37年に終わりその後は減税されるはず。延長は負担増にほかなりません」

防衛費増に突き進む国の方針に、古賀さんは危機感を抱いている。

「これまでの日本は軍事面においては軽武装で、国民生活向上を最優先にしてきました。それが今回の仕組みは、子育てや社会保障は後回しにして、まずお金があれば防衛費に回すというもの。

憲法改正と同じかそれ以上に、国の形を根本から変える方針転換なのです」

国の姿を変える大変革が、説明なく行われようとしている――。

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