住んでいた場所は違っても、年齢が近ければ「そうそう! わかる」って盛り上がれるのが、青春時代、読みふけったマンガの話。各界で活躍する同世代の女性と一緒に、“あのころ”を振り返ってみましょうーー。

「『SLAM DUNK(以下、スラムダンク)』(’90~’96年・集英社)は本当に大好きな作品で、年末年始に北海道に帰省するときの楽しみは、実家にある、色褪せてしまった単行本全31巻を読破すること。大きなサイズの完全版もありますが、単行本のちょうどいい厚さと、手になじむ柔らかさが好き。『スラムダンク』を読むことで、私が味わえなかったキラキラの青春を疑似体験できたし、人生において大きなチャンレンジをする決意もできたんです」

こう語るのは、法学博士で信州大学特任教授の山口真由さん(39)。’90年代は“暗黒時代”だったと振り返る。

「小学校高学年から中学生のころって、同調圧力が強く、美醜に対しても敏感ですよね。私は小6からニキビが増えて、妹から『遠くから見てニキビが目立つ人だなと思ったら、お姉ちゃんだった』と言われたくらい。“私なんてモテるわけがない”と自信がないから、おしゃれをしたいのに、あえてテクノカットにして“私には関係ない”という態度をとって、傷つく前に勝負を避けていました。スクールカーストも下のほう」

つらい学校生活を忘れさせてくれるのは、本の世界だった。

「児童書を卒業してから、’90年代に愛読していたのはシドニィ・シェルダンの翻訳本。私は本選びに失敗するのがすごく嫌なタイプ。翻訳本なら、少なくとも本国で人気のあった作品が選ばれているはずですから」

『ゲームの達人』(’87年)、『真夜中は別の顔』(’90年、ともにアカデミー出版)など、次々と読破していった。

「シドニィ・シェルダンの作品は『超訳』といって、自然な日本語に訳されていました。

1行に文字が詰め込まれていないし、会話が多く改行も頻繁で読みやすいんです。上下巻に分かれているものも多く、“読んだ感”も味わえる。でも、殺人があったり、登場人物が不倫していたりという内容なので、親はいい顔をしません。父が借りてきた本をこっそり隠れて読んでいました。学校は楽しくなかったけれど、本がそんな日常から別の世界に、私を連れていってくれました」

■登場人物たちの成長していく姿が感動的な『スラムダンク』

学校では、まったく自分を出せず、まわりの目ばかりが気になっていた。

「休みの日は、キャスケットやかわいいTシャツを着て出かけたいのですが、クラスの男子に見られようものなら、翌日の学校で『昨日の山口、ウケる』とかからかわれるから着られませんでした。中学時代にはやったルーズソックスも、イケてるコたちがはいているような長いルーズソックスは気が引けるので、それよりも短いもの。トイレに行くときも、誰と一緒に行けばいいのかばかり考えてしまう。順番に仲間はずれにされるのでビクビクしていたし、『真由、うざいから無視しよう』という友達の手紙のやりとりを見ては落ち込む。そんな自分も嫌で、つねに“自分を変えたい”と思っていました」

『スラムダンク』に出合ったのは、そのころだ。

「クラスでも人気だったので、どうやら『スラムダンク』というマンガが面白いらしいと知って、アニメから見始めました。すぐに原作が読みたくなったのですが、『少年ジャンプ』はなかなか買う勇気が……。

単行本が出るたびに、妹とお小遣いを200円ずつ出し合って買っていました」

物語はバスケ初心者の主人公・桜木花道の成長を軸に描かれているが、チームの仲間など、魅力的なキャラクターに引き込まれた。

「流川楓はモテる見た目でバスケもうまいけれども、自己中心的で味方にパスを出さない欠点がある。作品に出てくるキャラクターはみんな、スーパーマンではなく何かしら欠点やコンプレックスを持っていました。そんな完璧ではない仲間たちが、お互いを補いながら、一歩ずつ成長していく姿が感動的。等身大のキャラがたくさん登場するし、誰かしら自己投影できるキャラが見つかるので、これほど支持された作品になったのだと思います」

なかでも目が離せなかったのは三井寿。センス抜群の元中学MVPだったが、湘北高校に入学後まもなく負傷、同級生でライバルの赤木剛憲の活躍を前に挫折して、不良グループとつるむように。

「バスケ部をメチャクチャにしようとしたこともあったけど、仲間に迎え入れられ選手として復帰しました。でも、2年もブランクがあったせいで体力がないんです。それで試合中、息切れして体が動かず、朦朧としてしまうことも。もう腕も上がらないはずなのに、何度も打ち慣れたシュートは美しい弧を描いてゴールへと吸い込まれ、『この音が…オレを甦らせる 何度でもよ』とつぶやく名シーンは、強く印象に残っています」

もがきながら本来の自分を取り戻そうとしている三井の姿を見て、“自分を変えたい”と思っていた山口さんは、大きな決断をした。

「誰も私のことを知らない場所に行かないと、自分を変えることはできないと思って、東京の高校を受験することにしたんです」

祖母の家に世話になり、親元を離れた高校生活をスタートさせた。新しい環境に身を置いたことで、徐々に自分を変えられたという。

「北海道ではバスケ部のマネージャーなんておそれ多くてなれませんでしたが、東京の学校ではサッカー部のマネージャーに。大学進学、就職とその後もチャレンジは続きましたが、高校で上京したときほど、大きなものはありません。その最初の一歩を後押ししてくれたのが『スラムダンク』の三井寿なんです」

【PROFILE】

山口真由

’83年、北海道生まれ。東京の高校を卒業後、東京大学に進学。法学部卒業後は財務省、弁護士事務所勤務などを経て、現在は信州大学の特任教授。近著に『世界一やさしいフェミニズム入門 早わかり200年史』、『「ふつうの家族」にさようなら』などがある

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