3月22日に神宮第二球場の解体工事が始まり、ついに“神宮外苑再開発”が着手されてしまった。

“神宮外苑再開発”とは、東京の明治神宮外苑に建つ歴史的建造物、秩父宮ラグビー場や神宮球場を取り壊し、位置を入れ替えて新築する計画のこと。

これに伴い、外苑の杜に息づく約1千本の樹木が切られ、市民が無料で憩えるオープンスペースも減らされる。その代わりに建つのが、80~190mの高層ビルなのだ。

東京新聞の報道によると、都民の約7割が反対している。2月には、周辺住民らが開発差止訴訟も起こしている。その原告団長の実業家、ロッシェル・カップさんと、原告のひとりでもある著名な経済思想家の斎藤幸平さん(東京大学准教授)が、本紙に次のように語った。

■100年受け継がれてきた先人たちの思い

「神宮外苑は今から100年ほど前、〈東京を世界に誇れる伝統と文化の街にしよう〉という“百年の森構想”のもとで、市民らが何万本も献木して植樹を行い、造られた世界的にも貴重な森です。そんな先人の思いが結実した今、SDGs(持続可能な社会にするための取組)を掲げる企業が何も考えずに破壊するのは愚の骨頂です」

そう語るのは、著名な経済思想家の斎藤幸平さん(東京大学准教授)。

なぜ、こんなことになっているのか。

「(著書の)『人新世の「資本論」』で示したように、すでに“資本主義”が行き詰まってしまったからです。さまざまなモノが供給しつくされた現代において、手っ取り早く儲けるためには、今あるものを大切に使うより壊して新しく造ったほうが早いわけです。つまり神宮外苑のように、市民が無料で憩える場所――つまり“コモン”(社会の共有財産)を壊して、高級テニスクラブや商業エリアをつくる。高層ビルを建てて賃料で儲ける。

そういったことをしないと利益が得られなくなっているのです」

しかしこれでは、まったなしの“気候変動”をさらに加速させてしまう。

「気温がどんどん上がっていくなかで、それを食い止めるには、とにかく二酸化炭素の排出を抑えないといけません。しかし、コンクリートや鉄鋼などの建設資材は、二酸化炭素を多く排出します。また、高層ビルは消費電力が非常に高い。こういうものを、わずか20?30年でスクラップ&ビルドして経済成長しようという日本のやり方は、もう改めなければいけません。また、ヒートアイランド現象が深刻な東京にとって、外苑の杜は非常に貴重なのです」

世界は、地球温暖化を止めるために、日本とは真逆の動きが進んでいるが……。

「たとえばニューヨークでは100万本の植樹が始まっていますし、パリのシャンゼリゼ通りでも片道4車線を2車線に減らして植樹しています。いたるところで木を植えるというのが世界のトレンドなのに、植えるどころか樹齢100年にもなる樹木をわざわざ大量に伐採してまで再開発するというのは、どう考えても合理的ではありません」

■東京オリンピックの負の連鎖が続く

今年2月には、外苑の周辺住民らを含め約60人が原告となり、神宮外苑再開発差止訴訟を起こした。斎藤さんも原告のひとり。原告団長で実業家のロッシェル・カップさんも、こう憤る。

「神宮外苑再開発は、東京オリンピック招致の悪しき副産物です。むしろ、神宮外苑を開発するために、東京オリンピックを誘致したのではないか、とさえ疑いたくなります。

というのも、神宮外苑は自然環境を守るための“風致地区”に指定されており、元々は高さ15mのまでの建築物しか建てられませんでした。しかし、新国立競技場を建て替えるという口実で、競技場の場所だけでなく神宮外苑全体の高さ制限まで緩和してしまったからです」

21年に開かれた東京オリンピック・パラリンピックでは、大会組織委員会の元理事が、スポンサー企業から賄賂を受け取っていたり、談合が発覚したりして、一大汚職事件へと発展したことは記憶に新しい。

前出の斎藤さんは、こう付け加える。

「政府や企業がスポーツを通じて平和や持続可能な社会をアピールしている裏で、実際にはそれと真逆のことが行われていることはよくあります。しかし、祭典が終われば〈いい大会だったね〉で終わってしまう。これを“スポーツ・ウォッシング”と呼びます。つまり、スポーツが金儲けのために利用されているのです」

歴史ある球場やラグビー場、そして樹齢百年の樹木を守るためにも、利益追従の再開発を止めなければならない。

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