「ひとり暮らしの母がアルツハイマー型認知症と診断されたのは2年前、78歳のとき。もの取られ妄想が激しく、もの忘れも増えて冷蔵庫には消費期限切れの食材ばかり。

日常生活を見守るため、母の家に毎日通うようになりましたが、介護サービスや医療費以外にかかるケアの費用が膨らみ……。自分たちの老後の蓄えの貯金を切り崩して、母親の介護費用に充てています」

深いため息をつきながら語るのは東京都在住のA子さん(51)。

親や配偶者が認知症になったときの心配事のひとつが「介護費の不安」だ。

生命保険文化センターの『生命保険に関する全国実態調査』(令和3年度)によると、介護期間は平均5年1カ月で、月々の費用は平均8万3,000円。

住宅のリフォームなど一時的な費用の平均74万円を加えると総額約600万円に。

ただし、これは通常の介護も含めた金額で、認知症の介護費用は通常よりもかかるといわれている。

■認知症に重くのしかかる“隠れた介護費用”

A子さんがこう続ける。

「認知症になっても入院や手術をするわけではないので、医療費は定期的な検査と睡眠導入剤と気持ちを安定させる薬を処方されるぐらい。

自己負担1割なので介護費用と医療費を合わせても月7,700円程度です。

しかし、病院への送迎や母の自宅との交通費、徘徊して迷子になったときの捜索用タクシー代などに加え、見守りサービスやGPS全地球測位システム)を使ったサービス、介護用品の購入など“隠れた介護費用”の出費が大きいです。

症状の進行を抑えるため認知症の新薬『レカネマブ』の投与を勧められていますが、自己負担で月8万円ほど。貯金がなく月10万ほどの年金収入の母にはとても払えません」

A子さんの認知症の母の介護費用は、彼女がパートを休んで無償でケアしたことによる損失分も含めると月21万7,700円にのぼった。

認知症は症状や利用するサービスがさまざまで介護費用も人それぞれ異なってくる。

厚生労働省などの研究チームがまとめた報告書によると、医療費(外来)で1人あたり月3万9,600円、介護費では在宅で月約18万円。

自己負担1割だとしても月数万円以上はかかる。

そこに“隠れた介護費用”が重くのしかかってくるのだ。

患った本人だけでなく家族にも大きな負担がかかる認知症。厚生労働省の将来推計によると、65歳以上の認知症患者は2030年には523万人となり、認知症の前段階である「軽度認知障害」(MCI)の人も合わせると、高齢者の3割以上を占めると予測されている。

また女性の年齢階級別の認知症有病率では、80?84歳では約4人に1人、85?89歳では4割以上が認知症を患っていると推計されている。

「認知症は完治が見込めないうえに、その先には介護費用が確実にかかってきます。

公的介護保険では対応できない費用、さらには家族にのしかかる経済的負担の備えのひとつとなるのが認知症保険です」

と語るのは、ファイナンシャルプランナーでマネーステップオフィス代表の加藤梨里さん。

認知症保険には大きく分けて、認知症の治療に対して一時金や年金が支払われる「治療型」と、認知症の人が引き起こした損害賠償責任を補償する「損保型」の2つのタイプがあるという。

加藤さんが解説する。

「治療型は、認知症と診断されたり、認知症で介護が必要になった状態になったりしたときに給付金が支払われます。

一般的にアルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、レビー小体型など脳の組織による病気『器質性認知症』が保障の対象です。

最近では、認知症を発症していなくても、もの忘れがあるなど正常な状態と認知症の中間の軽度認知障害になると給付金を受け取れるものや、認知症と診断されずにいると一定年数ごとに繰り返し給付金が受け取れる商品も。

運動プログラムの提供など予防に重点を置いた商品が注目されています」

■親の介護を体験し自分の将来に備える人が増えている

親の介護を体験して、自ら将来に備えて認知症保険に加入しようとする人が増えているという。

では、どんな商品を選べばいいのだろう。

認知症保険では、支払われる給付金が100万~300万円といった商品が多い。

とはいえ、認知症保険は解約払戻金のないタイプがほとんどで掛け捨てが基本。生きている間に認知症にならなかったら払い損。

お金を受け取ることができない。

そこで人気の認知症保険の商品の特徴とともに、60歳のときに「一時金100万円」タイプに加入した際に、80歳までの総払込保険料がいくらになるかを調べてみた。

一時金に対して割高になっている商品もあるが、予防給付金や骨折治療給付金などの付帯サービスがあることも考慮してほしいポイントだ。

「認知症保険を損か得かで決めるよりも“安心を保険料で買っている”という発想のほうがいいでしょう。

親や自分が認知症になったときに、どれだけ周囲の人が、経済的にも身体的にも振り回されないかということが肝心。

親や自分が認知症になったらといったモヤモヤした不安を軽減する手立てにはなりえます」(加藤さん、以下同)

また認知症保険は「指定代理請求人」を立てないと契約できないものもある。

契約者本人が認知症になって保険の請求手続きができなくなるケースを防ぐためだ。

「認知症と診断されると預金や運用資産は凍結される恐れがありますが、認知症保険ならば、認知症と診断された後でも家族が指定代理請求人として保険金を受け取る手続きができ、介護費用にも充てることができます。

認知症保険の多くは本人の意思だけでは契約できず、指定請求代理人を立てるために家族の同意相談が必要になってきます。

介護や老後のお金のことを家族で話し合うことはタブー視され、先送りにされることが多いなか、認知症に対する心構えや老後の経済的負担について家族で話し合うきっかけにもなるのです」

ちなみに、認知症の前兆症状が出はじめた人が駆け込みで加入するのを防ぐため、契約が有効になるまでの不担保(免責)期間があることも忘れてはならない。

■電車を止めたとして高額な損賠賠償を請求されるケース

認知症保険のもうひとつタイプが『損保型』だ。

「認知症をもった人が他人のものを壊したり、他人を傷つけた場合の損害を補償するものです。2007年に愛知県のJR線で91歳の認知症を患った男性が線路に立ち入り、電車にはねられ死亡する事故が発生。

鉄道会社から介護していた妻と別居していた長男に対して多額の損害賠償が請求されました。この事件がきっかけとなり『損保型』の認知症保険が生まれました」

「損保型」の認知症保険も多種多彩。

東京海上日動の「認知症あんしんプラン」は、月額1,370円で、行方不明時の捜索費用のほか、線路内の立ち入りによって電車を運行不能にした場合の賠償費用など最大1億円まで補償する。

また離れて暮らす両親が起こした賠償事故にも備えられるのがあいおいニッセイ同和損保の個人賠償責任保険「まるごとマモル」。

年額1,9900円と安い保険料で注目を集めている。

とはいえ、認知症トラブルに備えるためにと焦って加入するのは早計だという。

「火災保険や自動車保険、傷害保険などに加入していると、他人に危害を加えたり、物を壊したりしたときの賠償責任をカバーする『個人賠償責任保険』が特約でついていることも。

まずは自分の加入している保険の内容を確認することが先決です。

また、住んでいる地域によっては、認知症を患っている高齢者向けの個人賠償責任保険に入れるところもあります。

補償される金額や内容は自治体ごとに異なりますが、どのような保険が利用できるか、認知症保険に加入する前に調べてみるといいでしょう」

人生100年時代、認知症への不安も高まり、介護費用の心配も膨れあがる。

転ばぬ先の杖として、ぜひ認知症保険を考えてみてはどうだろう。

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