3月31日から放送が始まったNHK連続テレビ小説『あんぱん』。物語はまだ序盤だが、放送開始から1カ月経った現時点ですでに前作の『おむすび』”超え”は間違いないと好評だ。

同作は『アンパンマン』を生み出した漫画家のやなせたかしさんと、その妻・小松暢さんをモデルに、激動の時代を乗り越えて、人々に希望を与える国民的作品に辿り着くまでの夫婦を描いた物語。小松暢さんがモデルのヒロイン・朝田のぶを今田美桜(28)が、やなせたかしさんがモデルの柳井嵩を北村匠海(27)が演じている。

放送前から高い注目を浴びていた同作だが、TVコラムニストの桧山珠美さんはこの1カ月間の感想を「期待通り」と高評価。その理由を解説してもらった。

「1週目から怒涛の展開で、ここまでずっと楽しく見られています。主演以外の登場人物にもちゃんと繋がりや縁があって、それぞれのキャラクターにもスポットライトが当たり際立っています。松嶋菜々子(51)演じる強烈な崇の母親や、今後”ロス”が確定している中澤元紀(25)演じる弟の千尋もすごくいい。のぶの妹役の河合優美(24)なんて目の動きだけで引き込まれます。だから『おむすび』の”後遺症”で初回の視聴率は悪かったですが、徐々に良くなっています」

『あんぱん』の初回視聴率(関東)は15.4%と、『おむすび』の初回16.8%を下回った。しかし、放送が進むにつれ視聴率は上昇。『おむすび』が、第1週の16.1%から第4週には12.9%と急落したのに対し、第1週の15.2%から微増を続け、第4週には平均視聴率15.4%を記録。視聴者の心を掴み続けている。

視聴者を惹きつけるポイントのひとつが、ドラマ内に散りばめられた『アンパンマン』を思わせるオマージュだと桧山さんは語る。

「阿部サダヲさん(55)演じるヤムおじさんがジャムおじさんだったり、江口のりこさん(45)が演じる、のぶの母・羽多子がバタコを彷彿とさせます。各話タイトルや劇中のセリフにも、やなせたかしさんや『アンパンマン』へのリスペクトが込められていて、発見する楽しさがあります」

たとえば1週目のタイトル『人間なんてさみしいね』は、’76年発表のやなせさんの詩集『人間なんてさびしいね』、3週目のタイトル『なんのために生まれて』も、やなせさん作詞の『アンパンマンのマーチ』の歌詞や著書のタイトルでお馴染みだ。

「ほかにも、北村さん演じる崇の伯父さんで、”名言おじさん”と化した竹野内豊さん(54)が進路に迷った崇に『何のために生まれて何をしながら生きるがか、見つけるまでもがけ。必死でもがけ』と言ったり、絵で生きると決めた崇の背中をのぶが押した時に崇が言った『勇気100倍だ』と返す場面も。誰もが知っている”アンパンマン”のフレーズが自然に登場したときにちょっと嬉しくなるんです。

ずっとだとクドいと思いますが、序盤のつかみとしては効果的ですし、これから描かれる戦争の話や崇が今後挫折する場面で、こうしたセリフや子ども時代の伏線が生きてくるのかなと思うと、”種まき”としても上手いと思います」

『あんぱん』で唯一、放送当初に賛否が分かれたのが、RADWIMPSによる主題歌「賜物」とタイトルバックの演出だった。しかし、これも”作り手の覚悟”の表れだと桧山さんは指摘する。

「確かに最初に聞いた時は、朝ドラっぽくないしドラマの世界観とも違っていると感じました。でも、実は歌詞も内容にマッチしているし、映像もクリエイティブで意味があることがわかる。回を重ねるごとにだんだん馴染んできて、今聞くとすごくいいんです。

おそらくNHK側も新しい試みに反発があることを予想していたはずですが、それでもあえてこの楽曲を採用したところに、作り手の本気と自信を感じます」

■ヒロインへの共感度を左右した”子供時代”の描き方

一方で、「あらゆるものに忖度した結果が『おむすび』だった」と桧山さんは指摘する。

「橋本さんを可愛くて素晴らしい人物にみせようとし過ぎて、逆に感情移入がしにくかったです。常に主役は”結”で、手柄も全部結のもの(笑)。特に『おむすび』では冒頭から橋本さんが登場して、子役は回想シーンのみだったことも結への親しみを沸かせにくくなっていました。

『あんぱん』では第1話の冒頭、主演2人の本気の”老けメイク”から始まり、2週目まで子役たちが物語を引っ張っていく。素晴らしい子役たちとしっかりと物語を共有してから大人になっているので、登場人物に対する愛着も違います」

また、『おむすび』と『あんぱん』という”食べ物”をめぐる描き方にも大きな差があるという。

「『おむすび』では”悲しいときも美味しい物を食べたら元気になる”からと、『食べり』と言って食べることを押し付けているように見えました。でも、『あんぱん』ではみんなが本当に幸せそうに食べていて押し付けがましさがないんです。

食べることを主体とする物語の『おむすび』では食べる喜びが全然描けてなかったのに対して、『あんぱん』はパンが主役ではないのに、そのあんぱんを食べるシーンがすごくよく描かれていて、実際にあんぱんが売れる現象も起きています。

逆に『おむすび』では結が初めてパートナーの翔也に作ったお弁当がおむすびじゃないんですよ。”おむすびちゃうんかい!”って思いましたよ。肝心なところでおむすびへの愛情が足りてないんですよね」

最後に、『あんぱん』には史実ならではのよさもあると桧山さんは話す。

「『あんぱん』は第1話の冒頭、初老になった徹夜明けのやなせさんがアンパンマンの絵を描いていて、のぶがカーテンを開けるところから始まるので、少なくともそこまでは描かれるという到達点が見えています。

『おむすび』は史実でない分、いつ終わるかわからない闇鍋のような耐久レースでしたが、今回は晩年から始まったことによって、ここに行き着くまでの物語をこれから見せていただけるという安心感があります。今後は戦争や千尋の死など悲しい描写もあるでしょうが、それも含めてやなせさんの人生そのものの面白さはわかっているので、どんなふうに描くのかが楽しみです」

朝ドラのワクワク感を楽しめる半年間になりそうだ。

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