3月31日から放送が始まったNHK連続テレビ小説『あんぱん』。物語は折り返しを迎えたばかりだが、前作『おむすび』”超え”は間違いないと好評で、「傑作」との呼び声も高い。
同作は“アンパンマン”を生み出した漫画家のやなせたかしさん(享年94)と妻・暢さんをモデルに、激動の時代を生き抜いた夫婦の半生を描いた物語。暢さんがモデルのヒロイン・朝田のぶを今田美桜(28)が、やなせたかしさんがモデルの柳井嵩を北村匠海(27)が演じている。
朝ドラ歴代最低の平均視聴率13.1%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録した前作『おむすび』からの悪い流れを引きずる形で、初回は『おむすび』の初回視聴率16.8%を下回る15.4%と低空飛行でスタートした今作。しかし、ここまでのところ前作を遥かに凌ぐ高評価を得ており、SNSでは《神回!》《朝ドラ史に残る感動回》などとドラマの内容そのものへの目立った辛辣な声はあまり聞こえてこない。
しかし、どういうわけか視聴率は伸び悩んでいるようだ。7月1日までの関東地区での平均世帯視聴率は15.6%に留まっており、直近10作の中では依然として『おむすび』に次ぐ低い数字となっている。
なぜ、高い評価を得ていながらも『あんぱん』の視聴率は伸び悩んでいるのか? TVコラムニストの桧山珠美さんにその理由を解説してもらった。
「これはもう“おむすび化現象”と呼んでもいいと思うのですが、ヒロインに愛着が湧かないんですよ。子役はすごくよかったし、今田さんも最初はよかったのですが、イマイチのぶに共感ができないんです。今田さんの演技の問題ではなく、ヒロインのキャラクターです。
戦時中に軍国教育を受けて”愛国の鑑”になってしまったというのは、時代背景として正しいでしょうし、戦後に自身の”愛国心”を省みて”正義はひっくり返る”ということを体現させるために必要だったというのは理解できます。でも、それだけじゃない部分でヒロインの描き方が共感を得られていないのだと思います」
例えば、5月21日放送の第38回では、細田佳央太(23)演じる”豪ちゃん”の戦死を知ったばかりの河合優実(24)演じる朝田家の次女・蘭子に、のぶは寄り添おうとして「豪ちゃんの戦死を誰よりも蘭子が誇りに思うちゃらんと」と声を掛ける。
また6月4日放送の第48回では、のぶが中島歩(36)演じる夫の若松次郎のカメラで朝田家の家族写真を撮るシーンがあり、カメラを持ったのぶが「ヤムおんちゃんと豪ちゃんもおってほしかったな、って」とひと言。それを聞いた蘭子が「豪ちゃんはここにおるき」と胸を指すシーンも、ネット上では河合の演技を称賛する声があがったいっぽうで《デリカシーのない人》《今ここであなたが言う…?》など、のぶの無神経さに困惑する声も寄せられた。
「河合優実さんはじめ、名脇役にスポットが当たって作品を面白くしている反面、ヒロインの感情が見えてこないんです。戦後の教科書の”墨塗り”でも逃げて教師を辞めちゃって、次郎さんの入院している病室のシーンでも演出なのか夫の手も取らず離れて話したり、亡くなった後も悲しみにくれる間もなく、速記を必死で練習して就職活動にいそしんだり。テンポ良く必要な要素を入れて話を進めているのですが、機械的というかのぶの気持ちがわかりにくい。
嵩ののぶへの子どもの頃からの思いは視聴者全員が知っていますが、のぶは微塵も気づいていない様子で、あげく戦時中に赤いハンドバッグを嵩がプレゼントしようとしたら、ヒステリックに突き返す。全く人の感情がわからない人にだんだん見えてきます(笑)。でも、のぶを嫌いになりたくないんです」
まだ若く未熟なヒロインのキャラクターにフラストレーションを溜める一方で、桧山さんは「『あんぱん』がすごいのは、視聴率がずっと下がってない」という。
前述の通り現時点では好成績とは言えないものの、視聴率は緩やかだが右肩上がりで、7月2日に放送された第68回の関東地区の平均視聴率は世帯17.8%を記録。6月23日放送の第61回と7月1日放送の第67階でマークした世帯16.8%を上回り、番組最高を更新した。
若松次郎を看取り、嵩との4年ぶりの再会を示唆する6月24日放送の第62回は、舞台となる高知地区での世帯視聴率は31.6%と、こちらも番組最高を更新。
「『おむすび』は最初が1番よくてあとは下がりっぱなしでしたが、『あんぱん』はじわじわ上がっています。しかも、配信サービス『NHKプラス』の初回の視聴数は歴代の連続テレビ小説や大河ドラマを含む同局の全ドラマの中で過去最多の76.1万UB(ユニークブラウザ)を記録しているので、総合するとすごく多くの人が見ていると思います。
竹野内豊(54)演じる嵩の伯父や、中澤元紀(25)演じる弟の千尋、細田佳央太、阿部サダヲ(55)演じるヤムおじさんなど、名脇役たちにスポットが当たっていて名場面をちゃんと作ってくれています。すでに亡くなっている嵩の父親役の二宮和也(42)も嵩が死の淵を彷徨った際、夢の中で出てきたサプライズは嬉しいし、なんだかんだ視聴者はみんな愛情を持って物語を見守っているんですよね」
同作はこれから崇とのぶの夫婦の物語となっていく。桧山さんは「ここからが本番」だという。
「アンパンマンを生み出したやなせたかしという人が、どんなふうにして生まれたのか、何を考えながら、どういう人と関わって生きたのかというのが見られるというのは、とても贅沢なことだと思います。
嵩のピュアな心と”ひっくり返る正義”を表現するために、前半ではあえてのぶを”ドキンちゃん”的な”嫌われ役”にしているとも受け取れるので、ここから2人がどう変わってくのかなっていう期待感がありますよね。ここまでが”助走”だとしたらいよいよ本番はこれからです。だから、なんだかんだ文句を言いながらも、楽しく観ています」
いよいよ人生の第二章が幕を開けた崇とのぶ。後半戦も目が離せない。