「後期高齢者の窓口負担が2割に増えたことで、『すでに受診控えが出ている』と医療関係者から聞いています。配慮措置が終了すれば、さらなる受診控えによって、症状を悪化させる高齢者が増えてしまうでしょう」

そう話すのは、医療や社会保障に詳しい鹿児島大学教授の伊藤周平さん。

後期高齢者(75歳以上)の医療費の窓口負担は、「現役世代の負担を軽減する」ことを目的に、2022年の制度改正で「単身世帯は年収200万円以上、複数世帯は世帯年収320万円以上」で、自己負担割合が1割から2割へと拡大した。

しかし、急激な負担増を防ぐため、厚生労働省は“配慮措置”として、「’25年9月末まで」と期限を定め、1カ月の外来診療の負担増額を3千円までに設定。その配慮措置が、ついに終了するのだ。

「福岡厚生労働大臣は、『配慮措置の終了によって影響を受ける後期高齢者は約310万人、平均で年9千円程度、負担が増える見込み』と述べています。しかし、これはあくまでも平均値。実際には、複数の疾患を抱える高齢者ほど、窓口負担が高くなってしまいます」(伊藤さん)

厚生労働省は2022年、高齢者に多い疾患を例に挙げ、窓口負担が2割になった際の増額を算出。

それによると、「関節症(ひざの痛みなど)」で外来を受診している場合、1割負担なら年間32,000円だったのが、10月以降は年間64,000円の負担になる。つまり、年間32,000円の負担増だ。

■医療費負担で、受診を控える高齢者も…

複数の疾患で外来受診している場合は、より一層負担が増える。

「関節症と脳血管疾患」で受診している場合、1割負担なら年間73,000円の窓口負担が、10月以降は年間144,000に。なんと年間71,000円もの負担増となるわけだ。

「厚生労働省の試算では、75歳以上の高齢者のほとんどが何らかの疾患で外来を受診しており、そのうち約5割は毎月受診しています。

つまり、最も医療を必要とする後期高齢者層の窓口負担を2割に引き上げることで、厚生労働省は“受診控え”が一定程度起こることを見込み、医療費の抑制につなげようとしていると思われます」(伊藤さん)

実際に、「受診控えを考えている」と語るのは、兵庫県在住のHさん(女性・75歳)だ。

「この物価高では、年金だけで生活できませんから、週に数回、訪問介護ヘルパーをして月4万~5万円の収入を得ています。ひざ痛を抱えながらも、働きたい気持ちは強いのですが、今後、医療費が増えてしまうことを考えると、通院を控えようかと思っています」

Sさんはひざの治療のため、週1回整形外科に通っている。ひと月あたりの医療費は、1割負担で3千円程度だったが、2割負担になると倍になり、年間3万円超の負担増に。今後は、ひざ痛くらいでは病院に行けないという。

■抗がん剤治療は高額療養費制度”を利用して

気がかりなのは、外来でも高額になりがちな抗がん剤治療などを受ける場合だ。

「同じ月内に窓口で支払った医療費が、“自己負担額”の上限を超えた場合、超えた分を支給する“高額療養費制度”があります。窓口負担が1割および2割の後期高齢者は、外来の自己負担額の上限が、月に1,8000円(年間上限144,000円)と決まっていますから、抗がん剤治療などの場合、窓口負担が大きく増えることはありません」(経済紙記者)

ただし、「今後、高額療養費制度の自己負担額も引き上げられる可能性がある」と、伊藤さん。

「高額療養費制度の自己負担額は、今年8月から引き上げられる予定でしたが、がんや難病患者らからの反対が大きかったため、いったん見送られました。しかし、維新や国民民主党など、野党の一部も引き上げを主張しているため、引き上げの議論が再燃するでしょう」

いっぽうで、「余裕のある高齢者に負担してもらうのは当たり前」と考える現役世代も少なくないが、高齢者の厳しい生活実態も垣間見える。

■物価高がさらに受診控えに拍車を

総務省統計局の「家計調査報告(家計収支編・2024年平均結果)によると、65歳以上の無職夫婦世帯の場合、月の平均収入は約252,000円だが、食費や光熱費、交通費などの支出を差し引くと、月に約34,000円の赤字になっている。

「公的年金の支給額は、今年4月に引き上げられましたが、物価が2.9%上昇しているのに対し、年金の支給額は“マクロ経済スライド”の適用により1.9%の上昇にとどまっています。

つまり、物価の上昇に年金支給額が追いつかず、実質、目減りしているんです。しかも、年金から天引きされる介護保険料や後期高齢者医療保険料の引き上げも続き、手取りはますます減少しています」(伊藤さん)

なけなしの年金生活者にとって、医療費の窓口負担が2割になることの影響は大きい。

前述の女性のように、ひざ痛を抱えていても、受診を控えては症状が悪化し、筋力が衰え、寝たきりになる可能性だってある。同様に、治療せず高血圧を放置していると新たなリスクが起こりうる。高血圧があると認知症を発症する可能性が5倍も高くなると米国心臓学会(AHA)は報告している。

こうした現状において、必要な医療は受けつつ、少しでも医療費の窓口負担を抑える方法はあるのだろうか。

■医療費を抑えるには世帯分離という選択肢も

全国保険医団体連合会事務局・次長の本並省吾さんは、こうアドバイスする。

「親子や夫婦であっても、それぞれの年金収入をもとに、食費や医療費などの支払いを分けて独立した生活をしていれば、世帯分離できる場合があります。

また、医療費の総額が、世帯合算で10万円を超える場合や、所得金額の5%を超える場合は、確定申告の際に医療費控除を行うと所得から差し引くことができます」

受診を控えて、もっと大きな病気になってしまっては元も子もない。窓口負担を抑える工夫も考慮して、健康維持を心がけよう。

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