〈伊勢エビが不漁、海水温上昇が影響か〉〈陸奥湾産ホタテ、猛暑による高水温で大量死か〉〈気仙沼のカツオ不漁、「今年は厳しい」の声〉などなど、ニュースサイトは漁業現場の窮状を報じる記事であふれている。
なかには望外の豊漁を伝えるものもあるにはあるが、やはり全体的には、気候変動などと絡めた、ネガティブな報道が圧倒的だ。
それもそのはずで、農水省が発表している2024年の日本の「漁業・養殖業生産量」は363万4800トン。これは2年連続、過去最低を更新するもので、多くの魚種の漁獲量が減り続けている。
「ユネスコの無形文化遺産にも登録されている『和食』ですが、将来的にその伝統を守っていくことは難しくなる可能性が高い。なぜなら、食材のなかでも重要な位置を占める魚介類が“取れない”という危機的状況にあるからです」
警鐘を鳴らすのは『ビッグコミックオリジナル』(小学館)で、「和食の喪失」というコラムを連載中の魚類研究者・芦野一青さん。
芦野さんによれば「なくならないまでも、価格暴騰で手が届かなくなる魚種も多数現れるはず」という。
そこで本誌は、和食のなかでも多くの日本人が大好きな「寿司」について、そのネタごとの“消滅危険度”を芦野さん監修のもと5段階で判定した。果たして、あなたの好きなあのネタは、この先も口にできる?
■政府による甘い対策で近い将来お寿司が危機に
「ウニの消滅危険度は『5』です。数年後『昔、ウニ丼ってあったよね』なんて世界になっても、私は驚きません」(芦野さん、以下同)
ムラサキウニ、バフンウニなど複数の種類がある国産ウニだが、芦野さんいわく「全体の漁獲量はこの四半世紀で3分の1に減少した」という。
餌となる海藻の減少、海水温上昇のため北海道近海でも頻発するようになった赤潮など、原因はいろいろと考えられるが、「漁に関わる人材の高齢化」の影響もあるという。
「ウニは、取ること自体はさほど難しくはない。ただ、そこから先、出荷までにものすごい手間がかかる。殻をむき、不純物を取り除いて、『身』をきれいに洗浄し板に敷き詰める。
基本的にここまでのことを高齢化、過疎化が進む生産地で、すべて手作業でやるわけです。取る人もその後の処理をする人も足りなくなって、ウニ漁をやめてしまった浜も各地に存在します」
加えて、昨今の世界的な日本食ブームで海外需要が高まり、価格も上昇。採算が合わないことから、すでに一部の大手回転寿司チェーンでは、グランドメニューから「ウニ軍艦」が姿を消している。
さらに、近い将来は“回らない寿司”からも消えてしまう可能性も。そこには、軍艦で必ず使用する、ノリの不作も関係してくる。芦野さんによれば「質の高い国産ノリの消滅危険度も『5』」だという。
「長年、国内産ノリの最大の産地は有明海でした。国内生産量の半分、多いときは75%を占めていた。それがここ数年は不作続きで生産量は最盛期の3分の1に」
かろうじて取れたノリも、その質はガタ落ちだという。
「『色落ち』といって、黒くならない薄緑色のノリで、足りない漁獲を無理やり埋め合わせしています。色落ちの本質的な問題は、味も落ちること。ノリの色は風味・うま味、そのものなんです」
色落ちの一因は、海水の栄養不足だという。
「有明海では近年、珪藻赤潮と呼ばれる植物プランクトンの大増殖が毎年のように起きています。このプランクトンが、ノリが摂取する前に、海中の栄養を食い潰してしまっていると考えられます」
一大産地の不作と質の低下で、最近ではコンビニでもノリなしおにぎりが幅を利かせているが、芦野さんは「将来は韓国産ノリにとって代わられるかも」という。
「値崩れを防ぐため取れたものを廃棄するほど、韓国のノリ生産は好調。現状は輸入規制があるが、将来的には韓国産の流通量が増え、日本の需要を賄ってくれるかもしれません。ただしもともと日本のノリにあった質のよさを必ずしも代替できるとは限りません」
同じ軍艦ネタのイクラは消滅危険度「4」。
「気候変動による海水温の上昇で秋サケが日本沿岸に産卵回帰できなくなっています。日本全体の漁獲量は2010年ごろと比較するとおおむね3分の1に。この先も間違いなく減っていきます」
すでに寿司ネタとしては消滅したと言っても過言ではないシャコの危険度は、当然「5」。
「かつては全国の湾で漁獲がありました。それが今はほぼゼロ。かろうじて取れているものも極端に小型化し寿司ネタにはできません。主な原因は取りすぎや貧酸素水塊だと思われます。
さまざまな要因で水産資源は枯渇、寿司ネタも消えていくことはわかったが、芦野さんは最後に「日本の形だけの漁獲枠」も指摘した。
「『日本は漁獲枠を守り、資源管理を徹底している』と政府はアピールしますが、取りきれないほどに大きな“枠”を形だけ作っているにすぎない。
資源が減ったらきちんと漁獲も減らして回復を待つ、それが持続可能な水産業に、ひいては、この先も私たちがおいしい寿司を食べ続けられることの、一助になるはずです」
このままでは、今まで当たり前に食べていた寿司ネタが、ふと気付くといつの間にか消えていた……ということになりかねない。