「まさか時給が上がったのに、手取りが減るなんて……」
そう嘆くのはAさん(50歳)。時給1千250円で週に19時間、大型スーパーのチェーン店に勤めるパート主婦だ。
現在、社会保険の加入には、「51人以上の企業」で「週20時間以上」働き「月収8万8000円以上(年収約106万円以上)」などの加入要件がある。これらを満たせば、厚生年金などに加入し社会保険料を払わなければいけない。
Aさんが働くのは51人以上の企業で、年収の要件も満たしていたが、勤務時間は週20時間未満。そのため、夫の扶養にとどまって社会保険に加入せず、社会保険料も払っていなかったのだ。
そんな折、Aさんが勤めるスーパーが大規模な賃上げを実施。Aさんの時給も70円上がって1320円となった。Aさんは意気揚々と働いていたが、ある日、夫が会社からこう言われたという。
「奥さん、扶養を外れていますよ」
時給が上がったことで、Aさんの年収は130万4200円となり、いつのまにか“130万円の壁”を突破。国民健康保険と国民年金に加入し、約32万円の保険料を払わないといけないという。
近年、賃金は上昇の兆しを見せている。2025年の春闘では、2年連続で5%台の賃上げを達成。
■国民年金に加入しても“主婦の年金”は増えない
「就労時間を週20時間未満に抑えると、厚生年金などに加入しないで済みます。しかし、時給が上がって年収が130万円を超えると、夫の扶養を外れることに。その場合、加入するのは国民健康保険と国民年金で、支払う保険料も老後に受け取れる年金も厚生年金などより明らかに不利です」
そう話すのは、『ひとりで自分資産はつくれる』(主婦の友社)の著者で、社会保険労務士の井戸美枝さんだ。
仮にAさんが週20時間以上働いていたとしたら、どうだろう。元の時給1250円でも年収は130万円。会社の健康保険と厚生年金に加入して、年約20万円の社会保険料が発生する。手取りは109万円ほどに減ってしまうが、老後の年金は増える。1年間の加入で、65歳以降は受給額が年7200円上乗せされ、女性の平均寿命である87歳までの22年間で、約16万円が上積みされる。
厚生年金などに加入した状態で、先の賃上げが起きたとしよう。Aさんの時給は1320円となり、週20時間働くと年収は約137万2800円。社会保険料は約22万円になって、以前より1万5000円ほど負担が増える。
「厚生年金などの保険料は、会社が半額を負担してくれます。ですが、国民年金などの保険料は全額が自己負担。保険料が不利だというのはこのためです」(井戸さん、以下同)
しかも、国民年金に加入した場合、将来の年金受給額はまったく増えることはないという。
「会社員に扶養される妻など『第3号被保険者』は保険料の負担はありませんが、老後に基礎年金(国民年金)を受給できます。その妻が扶養を外れ、自分で国民年金に加入し保険料を払っても、受給できるのは基礎年金だけ。年金額は増えません」
老後の年金以外にも、週20時間以上働き社会保険に加入するメリットは大きいと井戸さんはいう。
「たとえば雇用保険です。保険料は月数百円と安いのですが、離職時に失業給付がもらえたり、資格取得などの受講料を補助する『教育訓練給付制度』も利用できるなど、かなりお得です」
最後にもうひとつ、時給アップの際の注意点がある。従業員50人以下の企業に勤めている場合だ。
現在50人以下の企業では、年収が106万円を超えても週20時間働いても、厚生年金などに加入できない。だから、夫の扶養を外れて保険料を負担することもない。
「せっかく保険料を負担して加入するなら、国民年金より厚生年金が有利です。だからといって、中高年で希望どおりの転職は難しいかもしれません。ただ、50人以下の企業も段階的に社会保険の加入義務化が進みます。勤め先がいつ加入義務となるか調べておきましょう。また、これから就職先を探す人は、大企業を選ぶほうが安心です」
時給アップの陰で、保険料全額自己負担、そのうえ老後の年金が増えない“落とし穴”が身近になった。社会保険加入のメリットとデメリットをよく考えて、自分の働き方を選ぼう。