現在22歳の彼女は、静岡県生まれのロシア・モスクワ育ち。チャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院でピアノを学び、ロシアの音楽学校で講師ができる資格も有する、たしかに激レアな経歴の持ち主です。
前編では、なぜお笑い芸人を目指したのか? 本当に音楽の道への未練はないのか? これまで歩んできた人生を聞きましたが、今回はさらに今後の芸人としての展望を聞いてみました。
憧れの“あの芸人”との対面
――テレビ番組への出演のたびに大きな反響を得ていますが、率直な感想は?。「YouTubeの登録者数が1000人から3000人に増えたり、ライブにお客さんも増えたりしているので本当にありがたいですね。普段はピアノネタをやっていないので、同期の芸人たちも私が弾いているのを初めて聞いてビックリしたと言っていました」
――『激レアさん』では、インパルス板倉さんとも対面していました。
「あの時は会えただけで感動的でした! 現場での反応もリードしていただいて、改めて板倉さんってすごい人だと思いましたよ。
言うべきことを言うだけだった私を面白く見せてくれたことも、自分のエピソードを笑いに落とし込んで綺麗に話す姿勢も、『さすが』なんて言葉すらおこがましいとすら感じました」
視聴者からの“悪口”よりも腹が立ったのは

「『激レアさん』の後はエゴサをしてみたのですが、色々な意見がある中で、こんな角度の悪口があるのか! とビックリもしました。傷つくというよりは面白いのでスクショして画像を貯めてあります(笑)」
――どんなことを言われていたのですか?
「一番多かったのは『親がせっかく大学行かせてくれたのに不義理な娘だ』とか。あと『目が細すぎて開いてない』というポストを見た時は、いろいろすっ飛ばしてそこなの?! と思いました(笑)。
でも一番腹が立ったのは、『可愛い』という意見が全くなかったこと! 女芸人がテレビに出たら、せめて1人くらいは言ってくれるかと思ってたのに……。アンチコメントよりも怒りが沸きました!」
――だいぶ怒っていらっしゃる(笑)。
「この話をライブで言ったら、最近は気を使って1人だけ書いてくれるようになりました(笑)」
芸人として、そして一人の人間として

「単独ライブをやりたいです。あとお笑いだけじゃない、新しいジャンルを切り開いていきたいんですよね。今はお笑いって、コント・漫才・ピンだけじゃないですか。
私自身はお笑いだけでストレートで勝ち続けられる人間ではないと思います。だからこそ、お笑いと他ジャンルを融合させたような、新しいものが作れたらいいなと考えています」
――将来的な目標は?
「お金を稼ぎたい(笑)。目先のことですけど、2つ掛け持ちしているアルバイトを辞めたいですね。
それと、芸人としてではなくて人としての話なんですが。私は死ぬ時に『面白いおばあちゃん』であることが目標なんです」
18歳からエンディングノートを書いていた
――きりさん、まだ22歳ですよね?!「私、自分がいつ死んでもおかしくないと思ってるんですよ。何かあった時のために、毎年エンディングノートも書いています。今のノートで、もう4冊目です」
――18歳からエンディングノートを書いていたのですね。
「その頃から私は、ピアノしか弾いてこなかったおばあちゃんにはなりたくないと思っていました。若い人に話を聞いてもらえるおばあちゃんでありたかった。1つことしかしてこなかったおばあちゃんより、ピアノを極めた後で芸人になった、変な生き方をしたおばあちゃんのトークの方が聞きたくないですか?」

「私がたった今死んだとしても、きっと面白いお葬式にはなると思うんですよ。
そのためにも、今は芸人としての停滞をしないよう、生きていたいですね」
<文・取材/もちづき千代子>
【もちづき千代子】
フリーライター。日大芸術学部放送学科卒業後、映像エディター・メーカー広報・WEBサイト編集長を経て、2015年よりフリーライターとして活動を開始。インコと白子と酎ハイをこよなく愛している。Twitter:@kyan__tama