監修・指導の立場から本作を支えたのが、元バレリーナで女優の草刈民代さん。『Shall we ダンス?』(1996年)で映画初出演(主演)、世界を舞台にダンサーとして活躍してきた、ふたつの立場をもつ草刈さんだからこそコーチングできたものがある。
本作主演の戸塚純貴はじめ、ダンサー役俳優たちへの指導でどのようにドラマを作りあげたのか? 男性俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が聞く、草刈民代さん特別インタビューを前後編でお届けする。
「踊りのシーンをしっかりと見せることで面白くなる」

草刈民代(以下、草刈):ベタでコミカルな作風で描いているからこそ、それを担保する踊りのシーンをしっかりと見せることで面白いドラマになると直感的に思いました。バレエ監修という立場から、踊りのシーンが成立するようご提案をさせていただき、短期間集中型の指導でもバレエシーンがきちんと映像化できるように台本を整理していただきました。

草刈:本当に何もわからない状態から習い始めるとはいえ、物事を習い慣れている方たちです。物事をまっすぐ受け止め、身につけるのがとても早かった。俳優さんそれぞれ習得方法も違いました。まず先輩ダンサー・守山正信役の大東駿介さんは、頭で考えて整理しながら落とし込むタイプ。私自身と近いものを感じました。大東さんは役柄について話し合った打ち合わせを踏まえ、細かいところも逃さず全てを役に反映していて、緻密に役柄を設計されている印象を受けました。
主人公である小林八誠役の戸塚さんは、見てすぐに真似るのが上手く、バレエ初挑戦どころか踊ったこともないと話していたにもかかわらず、迷っていてもまずはそのままやってみる人。そして、レッスンを重ねながらそれを確実に自分のものにしていきました。普通は迷っていたら、なかなか体が動かないものなのです。
私も自分がどう練習したらいいのか方向性を定めるのに時間がかかるタイプでしたが、一方で躊躇せず怖がらずにできるダンサーもいて、戸塚さんはまさにそのタイプ。おそらく意識的にそのように自分を追い込むタイプなのかもしれません。さらに戸塚さんは、踊りのパートナーとコンタクトが自然と取れていて、ステップに追われてしまうのではなく、本来表現すべきものをきちんと捉えていたのが印象的でした。素晴らしい感性を持った役者さんだと思います。
バレエ初挑戦の戸塚純貴は「2か月で2cmも身長がのびた」

草刈:合計30時間以上レッスンしました。戸塚さんは2か月で2cmも身長がのびたそうです(笑)。それだけ身体が変わっているということは、どれだけ多くのことをキャッチして吸収したかということです。練習を積んだすべてが役柄の端々に表れていますよね。
あくまでドラマ作品ですから、どれだけ踊れるかよりも、どのように演じられるかの方が重要だと思いますが、3回目のレッスンで、戸塚さんの顔つきが変わったのは印象的でした。
さまざまな角度からコーチすることで生まれる、俳優の探究心

草刈:私の経験上、何かを習得するときに、どこまでのことをする必要があるのか、ということはなかなかわかることではないのです。ただ、一度本番を経験してみると、ここまでしないといけないんだということが感覚的にわかる。そして、次の日からはそこを目指して練習するようになる。頭の中が整理され、何をやればいいかという方向性がはっきりしてくるのだと思います。その意味で、『ゼンツァーノの花祭り』を踊る第2話が、八誠役の戸塚さんにとってひとつの転換ポイントだったと思います。おそらく、その経験を通して、もっと追求したいという気持ちが自然と湧いてきたのではないでしょうか。
稽古場と同じように踊っていても、モニターで見るとまだまだ中途半端に見えてしまうことはよくあるのですが、可能なラインに到達するまでの繰り返しの中で、バレエに取り組む面白さを見つけていったのかもしれませんね。実際、そのあと一気に上手になりました。
今回の私の目標は、コーチをさせていただく役者さんみんなが、バレエを通じて新たなものを見出せるようなコーチングをすること。みなさんダンサーを演じることを楽しんでいたように見えましたが、それぞれに新たな発見があったとしたら、私も嬉しいです。
画面越しに伝わる空気感

草刈:経験があって慣れている分、普通に稽古ができるレベルにありました。彼はとても落ち着いた印象の人ですが、まだ21歳。もっともっと自分を解放して大きな表現ができるようになるはずだと思いました。
真白は、オーディションシーンで『ドン・キホーテ』のエスパーダ役を踊ります。真白は自分が踊りたいと言ってエスパーダを踊るのだから、エスパーダを踊りたい人の踊りに見せる必要がある。そのためにはここで勝負をかける気概のようなものが見えないと成立しない。そのシーンの撮影では吉澤さんに「もっとやっていい、もっとやっていい」と最後の最後まで言い続けました。
第7話で真白が八誠を煽るシーンがありましたが、あのシーンはとてもリアルでとても良かったと思っています。きっと、吉澤さん自身の思いが役と重なっていたのでしょうし、それが視聴者のみなさんにちゃんと伝わったのではないでしょうか。
――踊りを通じて芝居でさらに気を吐く。俳優という存在はすごいですね。八誠の元恋人ダンサー・上柳りさ子役の水上京香さんも同じくバレエ経験者です。
草刈:水上さんもとても真剣に取り組んでいました。あの一途さが役柄とリンクしていたと感じています。バレエ経験者ですから、何を軸にして演じるのか、はっきりとイメージができていたのでしょうね。
最終回の見どころは

草刈:「これは俺がバレエをやめるまでの物語だ」という八誠の独白が端緒となる本作ですが、それが第7話から最終回である第8話にかけてドラマチックに展開していきます。8話で彼は『ドン・キホーテ』のエスパーダ役を踊るのですが、2分間に凝縮したダンスシーンでは、まさにエスパーダを踊るダンサーの顔つきになっています。本作だからこそ見られる戸塚さんの顔と表情ですよね。
バレエダンサー役はかなり特殊なものだと思いますが、あそこまで成り切れたのは本当に素晴らしい。
脚本家の岸本鮎佳さんが視聴者に見せたい戸塚さんというのがあったと思うのですが、実際にこのドラマの戸塚さんは表情がとても豊かで、バレエダンサーを演じるからこそ表現できたことがあったのではないかと思います。特に最終回は、この役に挑戦した彼の集大成でもあると思うので、注目してご覧いただきたいです。
<取材・文/加賀谷健 撮影/鈴木大喜>



【加賀谷健】
コラムニスト/アジア映画配給・宣伝プロデューサー/クラシック音楽監修
俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”として「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu