長年、生理不順で3~4か月生理が来ないのは珍しくなかったこと、婦人科で不妊治療をしないと妊娠は難しいと言われていたこと、ADHD(注意欠如・多動性障害)の特性でセルフネグレクト癖があり自分の体の管理がおざなりになること、さらに算数障害(発達障害の一種で数字、計算に困難を抱える学習障害)で生理周期を把握していなかったことなどさまざまな要因が重なって、気付いたときにはすでに16週(妊娠5か月)に入っていた。
1回目の糖負荷検査に引っかかる
他の妊婦より遅れて健診を受け始め、妊娠中期の後半に入ると病院で血糖値を調べる糖負荷検査が行われた。初めての妊娠なので血糖値の検査があるなど知らず、よくわからないまま言われた通り、前日の夕飯を早めに済ませて当日の朝食を抜いて検査を受けた。採血室に行き、採血をされた後にブドウ糖が含まれた甘いサイダーのような飲み物を飲むよう指示され、ぐいっと飲み干して1時間後、二度目の採血をされた。今まで血糖値が高いと指摘されたことはないし、尿検査で糖が出たこともないし、亡くなった祖父が軽い糖尿病だったと聞いたくらいだったのでおそらく大丈夫だろうとたかをくくっていたら、見事に検査に引っかかった。
「今日は1項目のみの検査でしたが、次回2週間後の再検査では3項目あります。1項目だけでも基準値をオーバーすると妊娠糖尿病の診断が降りるので、これから2週間食事管理をしてください。次回の検査結果次第ではインスリン注射や入院になる場合もあります」
若い女性医師はそう告げた。つわりもまったくなかったため、妊娠してからというもの食欲旺盛になり、休日になると産後赤ちゃん連れでは行くのが厳しそうな飲食店を夫と巡って食べたいものを食べたいだけ食べていた。妊娠中期だったせいか、体重が大幅に増えることはなかった。
また、以前は甘い物は嫌いだったのだが、妊娠してから味覚が変わって甘い物が大好きになった。特にあんこはこの世で一番嫌いだった。なぜ豆が甘ったるいのか。皮も歯に挟まって不快だ。
シャトレーゼの小さなアイスを複数箱買いし、ほぼ毎日アイスや和菓子を食べていた。
「バランスの良い食事」とは……?

そう医師に聞くと、
「前回配布したテキストにあるようなバランスの良い食事です。ダイエットとは違いますよ」
バランスの良い食事とは……?
「甘い物を食べてもいいですか?」
「う~ん、あんまり食べちゃダメです」
よくわからないまま病院を後にし、帰宅後前回配布されたテキストを読み、ネットで妊娠糖尿病の食生活について調べた。
要するに主食、主菜、副菜をバランス良く毎日3食きっちりと食べるようにとのことだった。この「バランス良く」というのは、炭水化物、タンパク質、ビタミン、脂質、ミネラルをまんべんなく摂取することで、中学の家庭科の栄養の授業で習ったものだった。
今まで朝起きるのが遅く、朝はあまり食欲がなかったため、昼まで待って朝兼昼食の1日2食で、夫が帰宅するのが遅いため夕飯まで9時間ほどあいていた。空腹の時間が長いと次の食事で血糖値が上がることがわかり、朝食がいかに大切なのか腑に落ちた。
妊娠糖尿病はどのような病気なのかを調べると、「妊娠中に初めて発見される糖の代謝異常」のことで、妊娠によりインスリンの働きが弱まることが原因とのことだった。いわゆる糖尿病とは異なるが、妊娠糖尿病になった人は将来2型糖尿病になるリスクが高くなるらしい。
発達障害の二次障害による摂食障害の影響
また、私は20代の頃から30代前半まで摂食障害の拒食症だった。一度ストレスで痩せ始めたら体重が減っていくのがおもしろくなり、主食として「たべっ子どうぶつ」を1日1箱食べ、発泡酒を好きなだけ飲むという生活をしていたら1か月で10kg落ちた。しかし、クッキーしか食べていなかったので栄養失調のためか太ももに水疱ができた。クッキーのみだと肌が荒れてしまうと思い、ビールか発泡酒は引き続き飲み続け、メインの食事は茹でたもやしを1日1袋だけとか、うどんを1日1食だけ、といったメニューに変更した。
当時はカロリー計算などしていなかったが、酒のカロリーを抜くとおそらく1日300キロカロリー以下で生活していた。激辛ラーメンの『蒙古タンメン中本』の北極ラーメンが好物だったが、それでも麺を3分の1の量にして注文していた。
その後、食べるのが大好きな夫に出会った。夫はラーメンが大好きで週1回はラーメンを食べる。ラーメン屋に行くと大盛りで注文するし、自宅でインスタントラーメンを作る際も2人前食べる。飲んだシメにも必ずラーメンだ。
夫と一緒に食べていると感覚が麻痺していき、あっという間に16kgも増えた。痩せていた頃は写真を撮られるのが好きで、カメラマンさんのモデルの練習台になったこともあったが、太ってからは自分の姿が大嫌いになったのだった。いわゆる「港区女子」のような鶏ガラ体型だったのに、今の姿は醜い肉の塊にしか見えない。
妊娠糖尿病のリスクを知り、必死に食事管理
そんな極端な食生活しかしてこなかった私だが、妊娠糖尿病になると胎児が巨大化して難産になったり、産まれた子が低血糖になったりする可能性があると医師に言われて恐ろしくなり、再検査までの2週間、なるべく外食を控えて甘い物を絶ち、朝きちんと起きて3食食べるようにした。間食には甘いお菓子ではなく冷凍バナナやミックスナッツ、チーズを食べた。突然甘い物を絶ったのでしんどかったが、2週間後の検査さえクリアすれば好きなものを食べようと思っていた。
絶対に妊娠糖尿病の診断を受けたくないと必死に食事管理をしている私をよそに夫はどこか他人事といった風で、私の目の前でテレビを見ながらアイスやポテトチップスを食べ始めてギョッとした。
いや、真面目も何も難産で苦しみたくないし、これから産まれてくる赤ちゃんのために食事管理をしているのだ。
挙句の果てには「いつまでこの食生活続けるの? 一緒に居酒屋に行きたい(もちろん私はノンアルで)」と言い始めた。それに対し、「とりあえず次回の検査の日まで、そこで引っかかったら出産まで」と答えたが、夫はあまり理解していないようだった。
妊娠糖尿病が確定! 目の前が真っ暗に

どうかクリアできますように……。そう願いながら採血を3回受けた。サイダーを飲む前と飲んで1時間後と2時間後の血糖値を測定する。長丁場の検査なので待っている時間暇だと思い文庫本を持っていったが、数ページ読んだだけで集中力が尽きてしまうほど緊張していた。
やがて診察室に呼ばれた。医師の口から結果が告げられる。
「3回の検査のうち、1時間後の検査が基準値をオーバーしています。妊娠糖尿病です」
目の前が真っ暗になった。あんなに頑張ったのに……。うなだれる私に医師は続けた。
「食事管理をしても引っかかったということは妊娠によって体質が変わってしまったということです。まずは栄養士による栄養指導を受けて自宅で食事管理をしてください。それでも血糖値が下がらない場合はインスリン注射や入院になります」
そう言われ、次回の予約をその場で入れた。しばらくスケジュールが立て込んでいたので、栄養士さんとの面談は10日後になった。
ずっと一人で頑張っているような孤独感が襲ってきた
病院からの帰り道、妊娠糖尿病が確定したことへの落胆と、なんだかずっと一人で妊婦を頑張っているような気になってきて、孤独感からボロボロと泣いてしまった。私は妊娠が判明したその日から大好きだったお酒を断ち、妊婦が食べてはいけない生モノを食べずカフェインも控えてきた。1回目の糖負荷検査に引っかかってからは食事もさらに気をつけるようになり、胎動で眠りが浅いため睡眠は細切れの4~5時間しかとれていない。お腹が大きくなって動きづらくなったせいで行きたいイベントにも行けず、ずっと24時間、命を育てることだけに集中してきた。
一方で夫は変わらず飲酒を続けて友人と飲みに行き食べたいものを食べ、体に変化が現れるわけでもない。
私が「パパへのアドバイスも表示されるからマタニティアプリを入れてほしい」と言っても乗り気にならず喧嘩になってからしぶしぶ入れて、でも初期設定をしていないためアプリを開いてすらいないようだ。健診後にエコー写真を見せてもよく見てくれないし、私が入院のことや子どものお世話のことを口にすると「どんな子なのか産まれてみないとわからないのだから産まれてから考えればいい」と言う。同じ親になるのにどうしてこんなにも男女で温度差があるのだろう。
妊娠糖尿病について調べていると、旦那さんが食事管理に付き合ってくれて禁酒までしてくれたという人もいた。うちはそういうのはきっと無理だなぁと思うとさらに泣けてきた。
徹底した食事管理であわやノイローゼ状態

しかし、次回の栄養士さんの指導があるまで10日間もあるので詳しいことがわからず自己流だ。「妊娠糖尿病」と検索して3ページ目までは開いていないサイトがなくなるほど調べ尽くすと、どの情報が正しいのかわからなくなった。
あるサイトには「食後1時間以内にお茶を飲んだだけで血糖値が上がる」と書いてあったので食後のお茶を我慢し、あるサイトには「料理の味見をしただけでも血糖値が上がる」と書いてあったので味見をしないで料理した結果、とんでもなくまずいものを食べることになり憂鬱になった。
発達障害のある人は、その生きづらさからうつ病や双極性障害などの二次障害を抱えがちなのだが、私の摂食障害もその一つだった。摂食障害の人には「白か黒か」と極端に考えてしまう「ゼロヒャク思考」が多く見られる。
この思考は認知の偏りからくる完璧主義に近い。拒食症時代、カロリーの高そうなものを食べなければ痩せると分かってうどんやもやし、たまに食べる麺の量3分の1の中本の北極ラーメン以外のものをほぼ食べなかった。徹底させないとすべてが無駄になると思ってしまうのだ。
そのため、私は四六時中、血糖値の上がりにくい食事のことばかり考えるようになり、仕事以外の時間の多くを料理に費やし、ずっとキッチンに立つようになってしまった。スーパーで食材を選ぶ際も糖質をいちいち調べるので10分で済む買い物に30分以上かかりノイローゼになるかと思った。
必死になる私に夫は「チートデイくらい設けてもいいんじゃない?」と言ったが、栄養士さんに聞いてみないとわからない。
栄養士さんの厳しい指導に愕然とする

その結果、
・野菜→汁物→主菜→炭水化物の順で食べる
・1日の野菜の量は両手のひらにこんもりと乗るくらい
・血圧を下げるために毎朝飲んでいたトマトジュースは血糖値を上げやすいので毎日飲むのは禁止
・果物は1日1個まで
・チートデイ禁止
・揚げ物禁止
・食事の際は野菜の小鉢を2品つけてそのうち1品は味付けなし
・芋類を食べるならご飯の量を減らす、こんにゃくと海藻は毎日食べる
・麺類を食べたいときは豆腐麺やこんにゃく麺にする
・サラダにはノンオイルドレッシングを使う
・そうめんのつゆは浸すのではなくさっとつけるのみ
・ソースはかけるのではなく食べる際にチョンチョンとつけるのみ
・出汁の素は塩分が入っているので入れすぎない
・どうしても甘いものを食べたいときは10日に1回昼食後にガリガリ君半分のみ
・7月中旬以降(このときは6月下旬で出産予定日は9月頭)は出産まで甘いもの一切禁止
・低糖質スイーツも禁止
という、禁止だらけの絶望的なことを言われた。
ただ、ここまではっきり言われてしまえば献立は立てやすい。病院帰りにスーパーに寄り、足りないと言われた野菜を買うと野菜の値段の高さに驚いた。
そして栄養士さんの指導通りに料理をして、もち麦ご飯、サラダ、蒸したきのこと野菜、子持ちししゃもというメニューを完成させた。食事管理アプリの「あすけん」に入力すると、想像以上にカロリーが少なく、237キロカロリーしかなかった。
妊娠後期は普段より450キロカロリー多く摂らないといけないと栄養士さんに言われたのだが、揚げ物や脂物禁止になると、どうしても今の私に必要な1日1800キロカロリーに届かず1500キロカロリーで止まってしまう。

ウォーキングに付き合ってくれた夫

食べ終えると、
「今後食事作りは俺の分まで無理して作らなくていい。別々で食べて自分はラーメンでも作るから」
と言われた。それから、
「桂ちゃんは運動しなさすぎ。一般の人は通勤で毎日歩いているけど、桂ちゃんはいくら言っても言い訳ばかりで歩こうとしない。俺だって通勤に加えて、帰りはオフィスのある30階から階段を使って降りるようにしているのに」
と怒られた。こんな猛暑の中歩けるわけがないと言うと、妊娠糖尿病は1日複数回の15分のウォーキング、特に食後の運動が大事と書いてあったから1日2回歩くよう説得された。
ここのところホルモンの影響かすぐに夫に当たりたくなり夫婦喧嘩ばかりなので、私は反省して夫の言うことをきくことにし、夕方の陽が落ちた時間に1回、夕飯後に1回歩き始めた。すると真面目に歩いている姿を見た夫は、休日の夕飯後のウォーキングに付き合ってくれた。
涼しくなった21時前、寂れた商店街と住宅街を30分ほど二人で歩いていたら、なんだかデートをしているような新鮮な気分になった。
いよいよ明日は健診。妊娠後期に入ったので今後の健診は2週間おきになる。そのたびに血糖値を測る。どうか、妊娠糖尿病による入院にならず、無事に出産できますように。
<文/姫野桂>
【姫野桂】
フリーライター。1987年生まれ。著書に『発達障害グレーゾーン』、『私たちは生きづらさを抱えている』、『「生きづらさ」解消ライフハック』がある。Twitter:@himeno_kei