中でも、勇猛果敢として知られる小倉連隊に高知連隊から配置換えされたことをきっかけに、先輩隊員・馬場力(板橋駿谷)たちから何度も暴力を受ける第51回のインパクトはすさまじかった。
戦時中のリアルを描いたシーンではあるが、それでも朝から嵩が理不尽に殴られ続ける姿に、“視聴リタイア”が頭に浮かんだ人のコメントもSNSで散見された。戦争の恐ろしさをここまで真っすぐに描いた狙いなどについて、本作のチーフ演出を務める柳川強氏に話を聞いた。(※本インタビューは2025年6月に実施されました)
暴力描写から逃げずに「月曜だけはやろう」
まず嵩が何発も殴られるシーンはどのようにして生まれたのか。「毎日殴られるシーンが続くため、やはり視聴者としても辛いと思います。とはいえ、軍隊での暴力から逃げて、やなせさんの半生を描くわけにはいきません。だから『月曜(第51回)だけはやろう』と決めました」
また、「軍隊は大きらい、だけど」では、ほぼほぼ宿舎内のみでシーンが撮られていたが、それにも狙いがあったという。

敵はいったい誰なのか?
柳川氏の計算通りで、閉塞感や食糧不足などから隊員たちがどんどん正気を失っていく様には説得力があり、それと同時に「敵は誰なのか?」という疑問が芽生えた。柳川氏も「実のところ敵は暴力を振るう先輩だったり、食糧不足だったりします。『敵は内部にあり』ということを描きたかったので」と続けた。とはいえ、本作で描かれていることの全てがやなせさんの体験したものではないと話す。

嵩が戦地で経験したことはやなせさんの体験に加え、いろいろな日本兵が体験した出来事だったようだ。
『あんぱん』で戦闘シーンを描かなかった背景
敵国との銃撃戦などがなかったことは、戦争を描いたドラマにおいて特筆すべき点ではないか。その背景として「敵国との戦いを描けば描くほど、どうしてもヒロイズムに陥ってしまう。カッコ良くなっちゃうんですね」と話す。
作中での“退場者”、つまり亡くなってしまう人物は少なくないが、戦死した登場人物の死に際は描かれていない。戦争で亡くなった人を英雄的に見せないことが一貫されているからなのかもしれない。
岩男とリンは、やなせたかし作品のオマージュ
また、戦争編では嵩の幼馴染・田川岩男(濱尾ノリタカ)が、中国人の少年であるリン・シュエリャン(渋谷そらじ)に“両親の仇”として殺された。この悲劇にはやなせさんの絵本を原作にしたアニメ『チリンの鈴』が影響しているという。
泣いてヒロイズムに陥るよりも、鬼の形相で「生きたい」
戦争編で記憶に残っているシーンとして、嵩が弟・千尋(中沢元紀)と再会を果たした第54回も印象深い。結果的には兄弟として最後のツーショットとなったこのシーンの撮影の裏側を聞く。
BGMを多用しないこだわりも
続けて、「このシーンをどう感じたのか、その判断は視聴者に委ねたかった。だから、悲しい暗いBGMをかけて、海軍で死にゆく人を煽り立て、悲劇的に誘導するのは違う気がしました。そのため、BGMは無しにして“生の形”で描いています」とこだわりを口にする。「このシーンに限らず、重要なシーンではBGMはかけていません。『逆転しない正義』ということを描こうとしているため、あまり『こっちが正義で、こっちが悪だ』と決めたくない。やはり音楽をかけると、どうしても一方向に誘導しがちなので」
「委ねるところは委ねる」という演出ができているからこそ、登場人物の葛藤や戦争の愚かさをついつい考えたくなるのだろう。キャスト陣の演技はもちろん、制作陣の“計算高さ”も本作の魅力を下支えてしている。
<取材・文/望月悠木>
【望月悠木】
フリーライター。社会問題やエンタメ、グルメなど幅広い記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている。