性犯罪の加害者となった男性の妻は、なぜか「責められる側」に回ることがあるーー。

「妻が応えなかったから」「セックスレスが原因で仕方なかった」。
そんな声が、警察の取り調べや義父母の言葉、さらには加害者本人の口から語られることがあるといいます。

夫が痴漢で逮捕→妻が責められるケースが後を絶たないワケ。女性...の画像はこちら >>
 精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さん(西川口榎本クリニック副院長)は、長年にわたって性犯罪者とその家族の支援に取り組んできました。

 新刊『夫が痴漢で逮捕されました 性犯罪と「加害者家族」』(朝日新書)では、性犯罪を“家庭の問題”にすり替えてしまう構造的な偏見が、妻をいかに追い詰めていくかが語られています。

※本記事は、『夫が痴漢で逮捕されました 性犯罪と「加害者家族」』より一部を抜粋・再構成しています。

夫の痴漢はセックスレスが原因?

夫が痴漢で逮捕→妻が責められるケースが後を絶たないワケ。女性たちを苦しめる””
『夫が痴漢で逮捕されました』(朝日新書)
 性犯罪加害者の家族支援に携わるなかで、もっとも深刻な問題だと感じるもののひとつが「性欲原因論」です。これは「夫婦生活がなかったから夫が性犯罪を起こした」「妻が夫の性的欲求に応えていなかったから性犯罪を起こした」などという、夫の性欲の解消と事件に因果関係を求める考え方です。

 そもそもセックスレスと夫の性加害には何の相関関係もありませんし、性犯罪を性欲の問題に矮小化して、「男の性欲がコントロールできないのはしかたない」と論点をすり替えるのは大きな間違いです。多くの男性にとっても「お前は性欲をコントロールできない存在だ」とみなされることは、とても不名誉だと思います。

 さらに、いいか悪いかはさておき、セックスレス自体がいまの日本では珍しいことではありません。性に関する大規模調査「ジャパン・セックスサーベイ 2024」では、婚姻関係がありながら、性交渉が1か月以上ないと回答した人が6割を超えています(*1)。6割以上ものカップルがセックスレスであるにもかかわらず、ほとんどの人は性加害には及びません。

 しかし、この「セックスレスで妻が夫の性欲を受け止めていないから、夫が性犯罪に及んだ」という性欲原因論は、社会のありとあらゆるところで表出します。

 この性欲原因論を前提とすると、「男性の性欲は女性に受け止められるべき」「受け止める先があってはじめて落ち着く」という理屈になってしまいます。
つまり、性加害をしたのは「女性のせい」と加害行為の責任を女性に転嫁することにつながります。

 一部の男性にとって、これは非常に都合のいい価値観です。事実、クリニックでも加害者自身が、「自分は性欲が抑えられなくて犯行に及んだ」と思い込んでいることはとても多いです。しかし、それでは性加害の本質は理解できません。

警察の取り調べで性生活について聞かれる

夫が痴漢で逮捕→妻が責められるケースが後を絶たないワケ。女性たちを苦しめる””
義母
 夫が性加害事件を起こした場合、妻たちは夫の家族に連絡して理解を求めようとしますが、そこでも性欲原因論にもとづいた言葉に傷つけられることがよくあります。

 妻は夫の家族から「ちょっと路上で女性の身体に触れただけでしょう」「盗撮でしょ? スマホで写真を撮っただけで大騒ぎして」などと性暴力を過小評価されたり、「あなたがもっと妻としての役割を果たしていれば、こんなことにはならなかったのに」といった心ない言葉を投げかけられたりすることがあります。

 ここでも「妻=性欲を受け止めるべき人(ケアの担い手)」という図式が見られます。本来もっとも支援が必要な時期に、身近な人たちからこのような反応をされることで、妻たちはより一層孤立感を深めていくのです。

 警察での取り調べや裁判の場で、妻たちはたびたび「夫婦間の性生活」について詳しく質問されます。いまでは少なくなりましたが、数年前までは妻が警察官から「旦那さんも(性欲を満たせずに)かわいそうですね」といった言葉を取り調べで言われたという報告を「妻の会」で聞きました。このような対応の背後には、「夫の性欲を妻が適切にケアしていれば、事件は起きなかったのではないか」という暗黙の前提が存在しています。

 さらに法廷では、裁判官や検察官が夫婦関係について質問することもあります。これは一見、事実確認のように思えますが、実際には夫の性犯罪の責任を妻に転嫁するような偏見を助長する可能性もあります。


 これらは妻へのハラスメントであることに加え、加害者本人がこの考えを内面化し、「自分が性加害をしたのはしかたないんだ」という価値観を強化する道具に使うことがある点も深刻な問題です。

なぜ離婚できないのか

夫が痴漢で逮捕→妻が責められるケースが後を絶たないワケ。女性たちを苦しめる””
母親と子ども
「夫が性犯罪なんて……うちなら即離婚!」と思うかもしれません。しかし、性加害者の妻には「別れない」、つまり婚姻関係を継続するという選択をする方も少なくありません。

 性加害者の妻が「それでも別れない」主な理由として、以下が挙げられます。

①経済的理由

 もっとも多いのが経済的理由です。とくにパート勤務や専業主婦として長年子育てに専念してきた場合、離婚して生活の立て直しを図ることは容易ではありません。母子世帯の生活は経済的にも厳しく、厚生労働省の「全国ひとり親世帯等調査」によれば母子世帯の平均年間就労収入は236万円(*2)、「国民生活基礎調査」によればひとり親世帯の相対的貧困率は44.5%となっています(*3)。

②子どもの存在

「パパはいつ帰ってくるの?」という子どもたちの無邪気な問いかけにどう答えればよいのか│これも妻が頭を悩ませる大きな問題です。

 とくに父親(つまり加害当事者)が子育てに積極的に関与している「イクメン」で、子どもたちも父親と良好な関係を築いていた場合、妻は「私の判断で父親を奪っていいのだろうか」という深い葛藤に苦しむことになります。

③共依存関係

 支援の現場で特徴的なものとして、加害者の妻が「この人のことを理解できるのは私だけ」という思い込みに囚われてしまうケースもあります。

 この関係性の特徴は、問題を抱えている夫を支えることで、妻自身も「自分にしかできない役割がある」という救世主役割の意識(メサイヤコンプレックス)を強めていくことにあります。これは決して健全な関係とはいえませんが、事件の衝撃が大きければ大きいほど、逆に妻がその状況に縛られ、「私が支えなければ」という使命感に囚われてしまうことがあります。


 また、世間からの強い非難にさらされることで、かえって夫婦で支え合わざるをえない状況に追い込まれ、その結果として共依存的な関係が強化されていくというケースも見られます。

*1 ジェクス「ジャパン・セックスサーベイ 2024」
*2 厚生労働省「令和3年度 全国ひとり親世帯等調査」
*3 厚生労働省「2022(令和4)年 国民生活基礎調査」

<文/斉藤章佳>

【斉藤章佳】
精神保健福祉士・社会福祉士。西川口榎本クリニック副院長。1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模といわれる依存症回復施設の榎本クリニックで、ソーシャルワーカーとしてアルコール依存症をはじめギャンブル、薬物、性犯罪、児童虐待、DV、クレプトマニア(窃盗症)などあらゆる依存症問題に携わる。専門は加害者臨床で、現在までに3000人以上の性犯罪者の治療に関わる。著書に『男が痴漢になる理由』『万引き依存症』『盗撮をやめられない男たち』など多数
編集部おすすめ