視聴者が待ち望んだ告白場面からプロポーズ場面まで感動が持続。
男性俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、嵩役の北村匠海や朝ドラが描くキスシーンに注目しながら、本作神回を解説する。
物理的な距離を縮めるまで
今田美桜主演の朝ドラ『あんぱん』は、今田演じる主人公・若松のぶと柳井嵩(北村匠海)が物理的な距離を縮めるまで、かなり時間をかけてじっくりその関係性を描いている。東京から高知に越してきた都会的な嵩と地元で「はちきん」と呼ばれるほど元気なのぶは、幼なじみ。引っ込み思案で繊細な性格の嵩が同級生からいじめられるものなら、いつものぶがすっとんできて助ける。小さい頃から嵩はのぶに淡い恋心を寄せた。
でもなかなか自分の気持ちを伝えられない。なかなかどころか、戦中になり、紆余曲折を経てやっと戦後に告白、さらにはプロポーズする。いや、戦後になってもすぐに告白するわけでもなく、嵩はただただ、のぶとの物理的な距離を慈しみ、あわあわして傍観するだけだった。
気持ちを伝える第85回
第13週第65回、戦後ののぶは速記の勉強に励んだことをきっかけに、高知新報の記者として採用される。採用を報告しようと実家に走る場面。その走りを下手から上手へカメラがフォローする。躍動感あふれるショットからカットが替わる。引きの画面。
健太郎が「追いかけんでよかと?」と聞くと嵩は「俺はのぶちゃんが元気ならそれでいいんだ」とのんきに答えて一人、感慨に耽る(北村匠海がちょっと身体をのけぞらせる微動がいい)。こういうときにさっと駆けつけたらいいのになぁ。とも思うのだが、嵩なりに気持ちを温めている。
結果的に嵩がのぶにやっと気持ちを伝えて告白するのが、第17週第85回。子ども時代から実に85話も要した。
告白からプロポーズ編神回へ感動が持続

さらに感動的なのが、第18週第88回のプロポーズ場面。のぶが代議士に借りる一室で嵩と向き合う。カメラは二人を引きの位置(フルショット)から捉える。告白を経て嵩はのぶをいかに愛しているか伝える。
そして「僕が幸せにします」から溜めて、「結婚してください」とプロポーズ。のぶはぼろぼろ涙を流して笑顔で「不束者ですけんど、よろしゅうお願いします」と返答。あぁ、やっとこの瞬間がきた。と、この瞬間を噛み締める嵩の右目からもさっと涙が。最初引きの位置に置かれたカメラが、気付けば二人のアップを写して、その美しい涙を捉えている。
嵩らしい微動で顎を前に出したりして「うん」とソフトに発する。この涙、この微動が極まる瞬間こそ神回に相応しい。告白からプロポーズ編神回へ感動が持続する。
朝ドラが描く戦後のキスシーン

主人公・佐田寅子(伊藤沙莉)が同僚判事・星航一(岡田将生)とぎこちないキスをする第95回である。この二人もまた愛を確かめ合うのになかなかの時間を要した。出会いの場面(第66回)からちょうど30話ほど。つるつるすべる廊下という突飛なシチュエーションのおかげで、キスをするという描写だった。
同作のキスシーンは1953年に時代設定が置かれていた。『あんぱん』と同じ戦後。1953年は、嵩役のモデルである『アンパンマン』の作者・やなせたかしが三越を退社して漫画家として独立する年である。史実に合わせ、嵩とのぶがプロポーズから結婚するのが1947年。
ドラマ上は翌年、祝宴を抜けた出した二人が夜の場面(第90回)でファーストキスをする。朝ドラが描く戦後のキスシーンは毎回どこかぎこちないけれど、深い感動にキュンとするものだ。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
コラムニスト/アジア映画配給・宣伝プロデューサー/クラシック音楽監修
俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”として「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu