2023年から「ハッピーアワー」と名称が変わったフジテレビの再放送枠で、この夏、田中邦衛主演の名作ドラマ『北の国から』が再放送されている。

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 脚本は倉本聰。
さだまさしによる主題歌も誰もが知る有名曲である。1981年から1982年まで放送された他に、2002年までに8編のドラマスペシャルがある大ヒット名作ドラマだ。

「ハッピーアワー」夏・特別企画第5弾である今回の再放送(8月11~29日)は「夏の昼下がり」。北海道の季節を感じる本作の魅力について、コラムニスト・加賀谷健が解説する。

誰もがほっとする名曲主題歌

 この間、NHK北海道(札幌放送局)前で、『今夜も生でさだまさし~まさしは黙ってサッポロ見ーる~』(7月25日放送)の生放送現場に遭遇した。0時を回る頃だというのに、熱心な番組ファンがぞろぞろやってくる。スタジオから一度外にでてフランクなトークをするさだまさしを歓待していた。

 同番組にはさだまさしのミニライブがある。北海道からの生放送とあって曲目はもちろんあれしかない。「あーあ、ああああ」と素朴なフレーズを耳にしただけで誰もが思わずほっとする、あの名曲。

 1981年から1982年にかけてフジテレビで放送されたドラマ『北の国から』の主題歌である。この曲には歌詞がない。脚本家・倉本聰からの意見をくんださだまさしがスキャットだけにしたエピソードはあまりにも有名だ。


顔から顔へ故郷の音が流れる

再放送中の「フジ大ヒット名作ドラマ」を今の季節だからこそ見たいワケ。あまりにも有名なBGMにも注目
「北の国から オリジナル・スコア・ヴァージョン 完全盤」(フォア・レコード)
 札幌出身である筆者も小さい頃から当たり前のようにこのスキャットを耳にした。2004年からは北海道日本ハムファイターズのチャンステーマにもなっている。初回放送から45年近く経った今でも、北海道民、北海道出身者にとってのソウル・ナンバーである。

 一方で、東京暮らしが嫌になった主人公・黒板五郎(田中邦衛)が幼い息子と娘を連れて富良野に帰郷する本作には、もう一つ重要なテーマを奏でる故郷の音がある。記念すべき第1話冒頭、主題歌がかかる前、スメタナ作曲「モルダウ」(交響詩『我が祖国』第2曲)の名旋律がまず印象付けられている。

 五郎の妻・令子(いしだあゆみ)が喫茶店で会話している。店内BGMが「モルダウ」。令子の顔のクローズアップが何カットも写るこの会話場面から、今まさに帰郷する五郎の顔のアップに繋がる。

 息子たちが見つめる車窓には空知川。チェコ音楽の祖といわれるスメタナが祖国ボヘミアの山の源流音を端緒に表現する「モルダウ」から始まる本作は、主人公の顔から空知川まで故郷の音が通奏低音として流れている。

場面描写のリアルな細やかさ

再放送中の「フジ大ヒット名作ドラマ」を今の季節だからこそ見たいワケ。あまりにも有名なBGMにも注目
フジテレビジョン リリースより
 車窓を流れる空知川をカメラがなめるように捉える画面から徐々に主題歌の前奏が聞こえ、タイトルバック。倉本聰のクレジットに始まり、北海道の広大な大地、風にそよぐ森、厚い雲間から差し込む夕日など、五郎にとっての原風景が写る(間奏のトランペットは、「モルダウ」の名旋律後に聞こえる金管楽器と共鳴している)。

 北海道はでっかい道。やっぱり大自然はいいよなぁ。
と、冒頭場面を見ているだけならのんきに思ってしまう。でもいざ帰郷した土地は富良野の中でも辺境の過疎地。住居にする小屋にはテレビも冷蔵庫もない。純(吉岡秀隆)や蛍(中嶋朋子)のようなシティキッズにはとても大変。

 ということはもちろん、電気もない。水道も整備されてない。東京が恋しい純はひたすら悪態をつく(でもそれが可愛い)。飲み水や歯磨きのためには野にわけいり、川の水をくむ必要がある。こうした場面描写のリアルな細やかさは、実際に富良野に移り住んだ倉本聰の実体験が反映されている(倉本が住むまで電気が通っていなかったという)。

超有名場面は放送されないが、秋の準備期間を楽しむ魅力

 しかもあんな小屋では冬の厳しい寒さはとてもじゃないがしのげない。あぁ、こりゃ移住失敗かと視聴者も頭を抱えるのだけれど、本作序盤の季節は秋。紅葉は美しいし、空気もとびきり澄んでいる。


 北海道の秋がいかに美しいのか、目には見えないはずの空気感まで本作はちゃんと描いている。こういう有機的なテレビドラマ作品はめったにない。これこそ倉本聰の精髄だ。本作再放送に寄せてフジテレビ編成管理部の水戸祐介は「この夏の昼下がりにぜひご覧ください」とコメントしている。

 東京は残暑が長引く。関東ローカルでの再放送だから作品世界の季節に合わせて、視聴者がリアルタイムで秋の準備期間を楽しむ魅力もある。

 蛇足だが、本作屈指の超有名場面(五郎が「子どもがまだ食ってる途中でしょうが」と声を荒げるラーメン屋場面)は、ドラマスペシャル『北の国から‘84夏』で描かれる。今回の再放送では放送されないが、2023年から放送時間が拡大したこの「ハッピーアワー」枠で是非とも再放送してもらいたい。

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】
コラムニスト/アジア映画配給・宣伝プロデューサー/クラシック音楽監修
俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”として「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu
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