時の人になった河合優実が、朝ドラ『あんぱん』(NHK総合)で演じる妹役は、俳優としてのコンディションが特にいい気がする。
本作には、そそと控えめで凛とした河合優実の演技を味わう醍醐味がある。コラムニスト・加賀谷健が解説する。
第22週のMVPは蘭子のさりげない一言
今田美桜主演の朝ドラ『あんぱん』第22週は、主人公・柳井のぶの夫・柳井嵩(北村匠海)が大活躍だった。『アンパンマン』の元になる一枚は描いたものの、漫画家としてはなかなか代表作を生み出せないでいた。それでも作詞家、テレビ番組出演など、著名な存在にはなった。
第108回では戦中の恩人・八木信之介(妻夫木聡)が立ち上げた会社で嵩の詩集を出版。サイン会も大盛況だった。一方で、上京後に映画評論家として頭角を現したのぶの妹・朝田蘭子(河合優実)が、八木の会社でも文章を書いたり、事務仕事を手伝っていた。
少女時代を過ごした高知から東京に舞台は移り、蘭子の成長物語もまたどんどん味わい深くなる。淡々と無駄なく、でも色っぽく蘭子役の変化を表現する河合優実の演技に惚れ込む者として、第22週のMVPは蘭子のさりげない一言に贈りたいと思う場面がある。
「ローレン・バコール」という固有名詞
同回、どうやら八木に気持ちを寄せているらしい蘭子が、鏡台の前に座り、口紅をぬる。少し孤独な唇をあざやかな紅色がそっと縁取る。一連の動作をそそと控えめに演じてみせる河合優実。そのあと、のぶと妹の辛島メイコ(原菜乃華)が訪ねてくる。「恋でもしちゅう」とメイコに言われた蘭子が「ローレン・バコールの真似して、赤い口紅つけてみただけやって」と口元を少しだけ歪ませて答える。
映画評論家なのだから、古典的ハリウッド映画の大女優の名を日常的に口にするのは当然だが、わざわざ「ローレン・バコール」という固有名詞を河合優実に言わせたところにハッとする。
ローレン・バコールは、「ザ・ルック」といわれた特徴的な上目遣いとクールな美麗を極めた演技で、見る者を虜にした。19歳で出演したデビュー作『脱出』(1944年)の主演俳優ハンフリー・ボガートと1945年に結婚。ハリウッドきってのおしどり夫婦として知られた。
壁際に佇む河合優実と対面したとき

ぼくはこの一文が河合優実にも同じようにあてはまると思った。ただしそれは、ドラマの中の彼女ではなく、実際に目の前にした彼女だった。映画館の壁際に佇む河合優実と対面したときのことはよく覚えている。友人が監督した主演映画『透明の国』(2020年)を渋谷の映画館で観たあと、ロビーで紹介された。
人混みの奥の方、あれはたしか自動販売機が面する壁際だったかと思う。映画の中の河合優実は素晴らしい存在感だったが、実際の河合優実もまた陰影豊かで慎ましい品があった。
「誰にいうともなくつぶやく」ような会話を交わす中で、これは待望の逸材が現れたのだなと、こちらは静かに誇らしい気持ちになった。
大ブレイクを経て視聴者の心に浸透する演技

実際、予想を軽々と超え、阿部サダヲ主演ドラマ『不適切にもほどがある!』(TBS系、2024年)でのスケバン高校生役で大ブレイク。表紙を飾った映画雑誌『キネマ旬報』2024年9月号では「河合優実の時代はもう、はじまっていたんだ。」というフレーズがきらり。話題作にどんどん出演した。
阿部がパン職人役でふらり画面に登場する本作『あんぱん』では、ブレイクを経てほっと一息感じさせる。俳優としてのコンディションが整っているといったらいいのか、その演技を広く視聴者の心に浸透させていくような平衡感覚がある。演技の体幹がいいともいえる。
代表的な場面を挙げると、第19週第93回。メイコが辛島健太郎(高橋文哉)にやっと気持ちを伝える場面だ。妹の背中を押そうとする蘭子が階段上のメイコを見上げる。決してローレン・バコール的上目遣いであるわけではない。
その間、その場から動かない。ただ視線を上下させるだけ。仮に激しく動いたとしても、どうしたって凛とするだろう。今の河合優実は本作に限らず、何をどう演じてもMVPに輝きまくる。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
コラムニスト/アジア映画配給・宣伝プロデューサー/クラシック音楽監修
俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”として「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu