戦後80年を迎え、世界各地で戦火が広がっている今の時代に、重要なメッセージを示し続けている本作。そんな『あんぱん』の制作統括・チーフプロデューサーを務める倉崎憲氏に、戦後における戦争の描き方、そして声優やアーティストをキャスティングした背景を聞いた。
戦争が奪ったものは“命”だけではない
第11週から12週まで“戦争編”が放送されたが、その後の“戦後編”でも戦争が街に、そして人の心に残した甚大な被害を随所に示している。戦後編における“戦争の爪痕”の描き方について、「焼け野原や闇市といった形で映像的に見せ、戦争の恐ろしさが伝わるように意識しました。また、戦争でいろいろなものを失った人の心もしっかり描こうと決めていました」と話す。
蘭子(河合優実)は婚約者の豪(細田佳央太)を、のぶ(今田美桜)は戦死ではないものの病死で夫・若松次郎(中島歩)を亡くすなど、大切な人を戦争を背景に奪われた登場人物は多い。彼女たちの悲しみから戦争の奪ったものの大きさが痛いほど伝わるが、奪われたものは“命”だけではない。
「78回でメイコ(原菜乃華)が防空壕を掘ってばかりいた青春時代を悔やみ、戦争に対する憎しみを滲ませるシーンがありました。もし戦争がなければメイコは歌に青春を捧げることができたはずです。大切な人を奪われた人に限らず、そうではない人も当時『戦争がなかったら……』と感じていたはずです。
大事な人はもちろん、大切な時間を戦争によって奪われた人の悲しみや悔しさを表現するためにも、セリフ一つ一つを大切にしたい、ということは脚本を手がける中園ミホさんとの共通認識でした」
声優・津田健次郎を起用した背景
戦後であれば、戦争の爪痕だけではなく、希望も描かなければならない。戦後編での空気感として「のぶが高知新報に入社しますが、そこからのパートは明るくいこう、とチームで決めていました。やはり『明るいドラマが観たい』というのは視聴者の皆さんが朝ドラに求めていることの一つだと思っているので」と答える。「高知新報のモデルとなった高知新聞で働いていた方々に話を聞くと、戦後は『良い社会にしていくぞ』みたいな活気が溢れていたそうです。
のぶが高知新報に入社して以降、作品の雰囲気はパーッと明るくなった。その空気作りに大きく貢献したのは、のぶの上司・東海林明(津田健次郎)の存在感だ。朝ドラらしさを運んできてくれた東海林ではあるが、なぜ声優が主戦場の津田をキャスティングしたのか。

当時の新聞記者はタバコをスパスパ吸っていましたが、朝ドラではなかなか映せません。そこで初登場時にはスルメをくわえたり、耳に鉛筆を挟んだりなどして、記者らしさを表現してくれました。また、熱いジャーナリズムを持ちながら、茶目っ気もしっかりと持たせてくれて、本当に津田さんにはうまく演じてもらったと思っています」
ドラマが中だるみしなかった最大の要因
『あんぱん』では、津田だけではなく山寺宏一や戸田恵子など、声優が多く出演している。さらには、Mrs. GREEN APPLE(ミセス)の大森元貴といったミュージシャンも登場し、“他業種”で活躍するクリエイターが演じるケースが目立つ。倉崎氏は「いろいろなバックグラウンドを持つ人が集まって演技するからこそ、面白いものが生まれると思っています」と口にする。
役にリンクする部分がある“他業種”のクリエイターをキャスティングすることで、その役の奥行きが増し、より魅力的に映るのだろう。ただ、メリットは他にもありそうだ。
「大河ドラマもそうですが、朝ドラも同じようなメンバーで、同じようなセットで1年間撮影するため、否応なしに“中だるみ”が起きやすい。ただ、『あんぱん』ではそれはなかったです。いろいろなバックグラウンドを持つ人が各時代に登場するため、新鮮な気持ちで制作に臨めることも大きかったと思います」
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『あんぱん』は悲しみを抱えながらも希望を見出す人々を通して、戦後を生き抜く力を提示してきた。そこに多彩なキャストが加わることで、単なる歴史の再現を超えたリアリティが生まれているのかもしれない。
<取材・文/望月悠木>
【望月悠木】
フリーライター。社会問題やエンタメ、グルメなど幅広い記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている。X(旧Twitter):@mochizukiyuuki