今田美桜演じる主人公がお世話になった編集長・東海林明だ。極めて快活な東海林役の津田健次郎が、声の魅力で後半部をどれだけ盛り上げてくれたことか。
男性俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、本作の津田健次郎を解説する。
津田健次郎の声で盛り上がる後半部
今田美桜主演の朝ドラ『あんぱん』第14週第66回、主人公・柳井のぶは、終戦の翌年から高知新報の記者として働き始めた。本作のちょうど折り返し地点。後半部の幕開けから、のぶの上司となる東海林明が快活に登場した。演じるのは津田健次郎。『ゴールデンカムイ』(2018年~)や『呪術廻戦』(2020年~)などに声を吹き込んできたスター声優だ。朝ドラのレギュラー出演者としても声の魅力をふるわせて盛り上げる。特に「にぁ~」という語尾を強調する東海林の土佐弁は癖になる。
第67回では、夕刊を発刊するために新たに編集部を立ち上げる。どこに設置したものかと選んだ先は物置同然の一室だった。入ってすぐ「チュウ」と聞こえる。
音と声に対する繊細な役作り

たぶん「よお~し」と言ってるのだろうが、東海林節の省略形「よおぉぉ」の方が何だかしっくりくる。それが土佐弁の語尾なのかはよくわからないが、津田健次郎が台詞を音として分解する成分が含まれているようで心地よい。
で、あとはひたすらガハハハと豪快に笑う。音と声に対する繊細な役作りとこの笑い方の案配があまりに自然で目を見張る。第24週第118回の再登場場面ではすっかり老け込んだが、(少しソフトだが)豪快で人懐こい笑い方はまるで変わらない。
ミニマムな茶室と老齢の存在感

ピンポンと鳴り、のぶがドアを開ける。東海林が変わらないガハハハ笑いを向ける。第18週第86回以来の再登場ということもあり、そりゃもう懐かしい気持ちでいっぱいになる。老年の老けメイクも朝ドラらしい描写力を裏打ちする。
居間から茶室に移る応接場面が地味深い。東海林が「美味しゅうございました」と言って茶碗を置く(「結構なお手前でした」などと言わないのがいい)。背中は丸いが、両膝に両手をそっと置く佇まいは凛としている。東海林が正座する畳一畳と茶碗を置いたもう一畳。このミニマムな茶室空間が老齢の存在感には相応しい。
戦後の闇市が固有の場所

東海林は岩清水と外の席に座っていた。のぶは少し離れた場所から彼らの会話を聞いた。「何メモしちゅうが」と発する東海林の鋭い眼差しがのぶに向く。
そういえば、津田が語りを担当した朝ドラ『エール』(NHK総合、2020年)での出演場面(第97回)でも、狭い空間内でサッと向けた視線が印象的だった。場所は闇市辺り。日陰暮らしのマージャン仲間の一人として津田がカメオ出演。「何だコラ」と入り口に向けてドスを効かせていた。
東海林明役の初登場にしろ、このマージャン仲間役にしろ、戦後の闇市が固有の場所(演技空間)となって、声の魅力をぎらぎらふるわせていたのだ。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
コラムニスト/アジア映画配給・宣伝プロデューサー/クラシック音楽監修
俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”として「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu