9月26日に最終回を放送した本作だが、作者・やなせたかしをモデルとする柳井嵩(北村匠海)と高橋文哉演じる辛島健太郎による同級生コンビが、ひたすら愛しい関係性だった。
男性俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、本作で二回り以上も年齢が上の役柄まで表現した北村匠海と高橋文哉の演技を解説する。
キャラ誕生の瞬間に踏み込む臨場感
今田美桜主演の朝ドラ『あんぱん』最終週第127回、ある晩、主人公・柳井のぶが遅くまで作業している夫・柳井嵩(北村匠海)の仕事部屋に入ってくる。のぶの入室を手持ちカメラが捉える。『アンパンマン』の作者であるやなせたかしをモデルとする嵩の部屋で、さまざまなキャラクターが生まれようとしていた。第23週第114回では、嵩は手塚治虫をモデルとする手嶌治虫(眞栄田郷敦)から、アニメーション映画『千夜一夜物語』(1969年)のキャラクターデザインを一任された(作品クレジットは美術監督)。
嵩は壮大な作品世界に登場するユニークなキャラクターをどんどん思い付いた。キャラ考案の才能がこうして自分の代表作でも存分に発揮される。上述した手持ちカメラは、現在まで愛され続けるキャラクター誕生の瞬間に踏み込む臨場感を表現している。
嵩と健太郎のツーショット
のぶが部屋をでようとすると、嵩が「のぶちゃん」と呼び止める。「どんどんキャラクターが動き出したんだよ」と興奮する嵩の作業の手は止まらない。のぶが「見ていい?」と聞いてデスク上をのぞく。カレーぱんまんやしょくぱんまんなどのキャラクターデザイン。のぶが部屋をでて、本作の語りが「こうして数多くのキャラクタクターが、アンパンマンの仲間として誕生していくのです」と説明したところで場面は終わる。
画面下に1985年とフェードインする字幕が表示される。場面は柳井夫婦の自宅の居間。前景に嵩と義理の弟・辛島健太郎(高橋文哉)。後景にのぶと妹・メイコ(原菜乃華)。
でもほとんど嵩と健太郎のツーショット画面に見える。二人は向かい合ってソファーに座っている。嵩はゆったり足を組む。健太郎は手に持っている団扇で左腕を徐に掻いたりしている。何だか牧歌的で、ほっこりする空気感だ。
愛すべき同級生コンビ
嵩にとっての健太郎は、東京芸術高等学校時代の同級生でもある。第5週第24回、入試会場で隣席だった。卒業後は、嵩が製薬会社、健太郎が広告事業社に入社。台所に立つ健太郎はカレーライスを作っていた。玉ねぎのみじん切りに悪戦苦闘で一人大騒ぎ。後ろにいる嵩が、少し強ばった表情で見守る位置関係のツーショットが、愛すべき同級生コンビのハイライト画面だった。
戦後は、二人手分けして不良品回収。それを闇市で売ってしのいだ。一方、のぶは高知新報に記者として入社する。第13週第65回、採用されたのぶが全力ダッシュする場面がある。嵩と健太郎が座っている前を走っていく。引きの位置に置かれていたカメラが、二人にポンと寄る。
ぽふぽふ白い息をお互いに浮かべて呑気に会話するツーショットがよかった。
北村匠海と高橋文哉が醸す初老感
上京したあとは立派なものである。嵩は三星百貨店の宣伝部でデザイン画を手がける勤め人、「手のひらを太陽に」の作詞家などを経て、代表作『アンパンマン』の作者になった。健太郎はNHKのディレクター職を勤めあげた。物語のクライマックスに向けて、それぞれがいい年のとり方をしていく。第24週第118回では、馴染みの喫茶店で健太郎が「定年退職」と口にした。その場面の時代設定は1973年。嵩も健太郎も54歳。白髪交じりのおじさんメガネスタイルが、底はかとない初老感を醸す。
俳優の実年齢(北村が27歳、高橋が24歳)より二回り以上も上の年齢の役を演じなければならない。老けメイクは念入りに。所作は控えめに。ゆるやかな経年の表現。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
コラムニスト/アジア映画配給・宣伝プロデューサー/クラシック音楽監修
俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”として「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu