輝く笑顔と弾けるダンス。誰もがうらやむ姿の裏で、メンタル不調に振り回される――。

『1割の不死蝶 うつを卒業した元アイドルの730日』(兒玉遥著、KADOKAWA、2025年9月刊)は、元アイドル・兒玉遥さん(29)の壮絶なうつ闘病記です。

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完璧主義者ゆえにプレッシャーがのしかかる

アイドルグループHKT48の1期生としてデビューし、センターをつとめるまでのぼりつめた兒玉さん。ファンはもちろんメンバーやスタッフを大切にして気遣う兒玉さんは、真面目で努力家、しかも完璧主義者でした。いつしか過度のプレッシャーに押しつぶされ、双極性障害(躁うつ病)と診断されてしまうのです。

「ポジションについて。まだふさわしい人間になれていない。最低限にも達してない」。
センターになった時、兒玉さんが反省ノートに綴った一文です。アイドルへの覚悟と、兒玉さんが自らに課した責務に驚かされるのではないでしょうか。

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兒玉遥

順位付けという残酷さ

 2016年の大晦日。紅白歌合戦では、HKTを含むAKB48グループから、事前に一般投票で紅白に出場できる48名が選ばれました。紅白の当日に舞台上で発表されるという演出は、まさにAKB48の真骨頂。大ヒット曲の「フライングゲット」を歌えるのは、選抜メンバー16位まで。昨年9位だった兒玉さんは、16位以内には入っているだろうと予測しました。


 ふたをあければ、兒玉さんは29位。歌えると思って舞台上に移動していたにもかかわらず、その資格は与えられなかったのです。

「兒玉遥勘違いざまぁ」「すげーダサい。恥ずかしすぎる」「一体何様?」「自意識過剰女」……、SNSが炎上し、間違ったイメージばかりが先行してしまいます。紅白歌合戦は生放送で、ましてやAKB48は大所帯、スムーズに進行しなくてはなりません。舞台中央を目指すのも無理はない行動です。

 しかし世間はそうは見てくれず、兒玉さんの精神はじょじょに耐えられなくなっていきました。

過食嘔吐、整形依存、そして活動休止へ

心が晴れなくても、アイドルでいる間は笑顔をふりまき、元気いっぱいに踊ります。可愛くて、つねにキラキラ光っている。それが世間の求める兒玉遥で、兒玉さんにとってもアイドルの理想像だったのでしょう。

一方で、作り上げられた兒玉遥がめまぐるしいスピードで消費されていく、そんな感覚もあったのではないでしょうか。ギャップに苦しみ、ストレスの矛先は食欲へ。

仕事とレッスンの間は無心になれるものの、夜、ひとりになればその空虚を埋めるように食べまくり、太らないように吐くのです。
反省ノートにはネガティブな言葉を書き続け、SNSで自分にぶつけられたネガティブな言葉を追うという、負のループ。

さらに、18歳から数年間は美容整形にハマり、ヒアルロン酸注入などに計1000万円も使ってしまったといいます。

<見る人が見れば明らかに「ヒアルロン酸を入れすぎた顔」になっていました。顔のバランスは無視で、顎がとがり鼻が異常に高くなる。自分的にはこれをやらないと醜くなる、そう思っていて、おかしな顔になっていることに気がつけなかったのです>(同書より)

うつ、過食、整形依存――それでもアイドルでいたい!という兒玉さんの魂の叫びすら、本書からは聞こえてくるのです。が、兒玉さんの心身はもう限界を超えていました。

世界から色が消えた

 2017年の年末に、兒玉さんは二度目の休養に入りました。実家に連れ戻された兒玉さんからは一切の感情が消え、ただ天井を眺め続ける日々。

「感情をほとんど出せなくなったうつの症状から、『こちら側の世界』に戻ってこられる人は3割程度。そのなかでも、もとのように元気になれる人は1割程度です」

 心療内科の医師に、兒玉さんのお母さんは告げられたといいます。死刑宣告のような言葉を、どう受け止めたのでしょうか。お母さんは、兒玉さんの生きたいという力が眠っているだけだと信じました。復活する1割に希望を託したのです。


世の中で変えられないもの

 兒玉さんには、心療内科のカウンセリングで印象に残っている会話があります。世の中で変えられない3つのものについて、です。

「ひとつ目は天気、ふたつ目はサイコロの目、3つ目は相手の心」

 兒玉さんは今まで、アンチを含む他人の評価を変えようと必死にあがいていました。兒玉さんに限らず、数多の情報にさらされた私達は他人からの視線やコメントに過剰反応してしまい、自己肯定感を低くしてしまいがち。

 否が応でも注目の的になるアイドルなら、光をあびるぶん、闇もおそってくるでしょう。あらぬことで誤解をされ、攻撃され、弁解もできない。悪いのは自分だと、自らを追いつめてしまう。

 でも、自分がいくら頑張っても変えられないものが間違いなくあり、なにもかもを自分のせいにしなくてもいい。

 この気づきが、少しずつ兒玉さんを楽にしていきました。

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撮影/山川修一

10kgダイエット、資格取得、そして家族の存在

 暴飲暴食と治療薬の影響で、休養中に20キロ体重が増えてしまった兒玉さん。筋トレやウォーキングを重ねて、半年で10キロの減量に成功。ゆっくりと生きるリズムを取り戻していきます。運転免許を筆頭に、心理カウンセラー、ヨガインストラクター、ピラティスのインストラクターも取得しました。

 回復するために欠かせなかったのは、家族の存在です。
なかでも「人と同じでなくていい」「全方位から守る」と覚悟を決めて、兒玉さんをサポートしてきたお母さん。うつは、本人は当然のこと、周囲の人々も悩み、時に傷ついてしまうもの。とはいえ、決して他人事ではなく、心の風邪は、いつかかってもおかしくはありません。だからこそ本書はリアルで、胸に迫ってくるのです。

不死蝶としてよみがえる

 フィリピン・セブ島へ語学留学したのち、「もう一度芸能界へ戻りたい」という思いがわきあがってきました。やはり兒玉さんは天性の表現者。精一杯に生きる世界として、芸能界を選んだのです。

 アイドルではなく俳優へ。「若くてかわいいが武器にならない」のが俳優の魅力だと、兒玉さんは感じました。

 あらゆる葛藤を経て、うつを卒業したからこそ、伝えられる何かがある。「アイドルの不正解」でもかまわない、と兒玉さんは断言します。「正しさ」や「正解」は、他人がジャッジするものではないのです。


 未知なる不死蝶「兒玉遥」の羽ばたきは、あらゆる人に勇気をふりまいていくでしょう。

<文/森美樹>

【森美樹】
小説家、タロット占い師。第12回「R-18文学賞」読者賞受賞。同作を含む『主婦病』(新潮社)、『私の裸』、『母親病』(新潮社)、『神様たち』(光文社)、『わたしのいけない世界』(祥伝社)を上梓。東京タワーにてタロット占い鑑定を行っている。X:@morimikixxx
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