人間を「仮死状態」にする薬の研究にDARPAが資金提供

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 米国国防高等研究計画局(DARPA)は、重傷を負った人間を”仮死状態”にする薬を探している。

 ハーバード大学と提携して行われるこの研究は、医療目的のものだ。

大怪我をした人間の生物学的プロセスをスローダウンさせ、つまりは冬眠やSF的なコールドスリープのような状態にして、治療までの時間稼ぎをするという目論見である。

 AIを使って現行の薬を調べたところ、意外な薬が候補に挙げられた。それは以前から病院で使用されているアルツハイマー病の治療薬「ドネペジル」だ。

 この薬を使用し、カエルのオタマジャクシを一時的な休眠状態に導くことに成功したのだ

ゴールデンアワーを伸ばせば、重傷者が助かる確率が上がる

 命に関わるような重傷を負った時、60分以内に手術を行うことができれば助かる見込みはグッと高まる。

 ゆえに怪我をしてから本格的な治療を開始するまでの1時間を「ゴールデンアワー」という。

 救急治療の研究者にとって、いかにゴールデンアワーを延ばすかは大きな課題となっている。

 その方法の1つとして、体を冷やして体温を下げてやるというものがある。

 それによって患者を仮死状態かコールドスリープのような状態にすることで、治療までの時間稼ぎをすることができる。

 この方法はある程度の効果が見込める一方、今のところそのための設備と技術を備えた病院が少ないのがネックとなる。

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仮死状態を安全に作り出せる薬を模索

 そこでハーバード大学ヴィース研究所のチームは、体を冷やすのと同じ効果を薬によって実現できないか探っている。

 そのためにデジタル動物モデルを作り、機械学習のAIにその候補を探させたところ、とある化合物が浮かび上がってきた。

 それが「SNC80」だ。ブタの心臓や人間の臓器チップを使った実験では、これを投与することで酸素消費量が大きく低下し、代謝がゆっくりになることが確認された。

 だが大問題だったのが、これを全身に投与すると発作を引き起こすことが知られていることだ。

だから人間への使用は承認されていない。

 そこで研究チームは、かわりとなるコールドスリープ薬をAIに探させることにした。そしてそれはすぐに見つかった。それが現在も使用されている、アルツハイマー病の治療薬「ドネペジル」だ。

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ドネペジルがコールドスリープ薬の有力候補

 ドネペジルは、アルツハイマー病やレビー小体病のような認知症の進行を遅らせる治療薬で、米国や日本ではすでに承認され、以前から医療の現場で使われている。

 その化学的特性が有望であるとのAIの指摘を受けて、研究チームがアフリカツメガエルのオタマジャクシで実験してみたところ、確かにドネペジルによって冬眠のような状態になることがわかった。

 じつは、この薬が代謝を低下させるらしいことは以前から知られていた。

 この研究の中心人物であるマリア・プラザ・オリバー博士はプレスリリースで、「興味深いことに、ドネペジルを過剰に摂取したアルツハイマー病患者では、眠気や心拍数の低下が観察されています。冬眠に似た症状です」と説明する。

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すでに使用されている薬なので承認は早いかもしれない

 ドネペジルで患者を仮死状態にして治療までの時間稼ぎをするという試みは、今回の研究がはじめてで、最初の一歩を踏み出したばかりだ。

 だがその効果が本当なら承認されるのは早いかもしれない。と言うのも、薬自体はすでに承認されているものだからだ。

 長いこと世界中の病院で使われており、その特性や製造方法も十分確立されている。

だから、まったく新しく開発された薬に比べれば、承認プロセスは大幅に短縮されると期待されるのだ。

 そうなれば、事故現場に駆け付けたらまずはドネペジルを投薬なんてことが、救急隊の常識になる可能性もある。

 そして想像をたくましくするのなら、もう少し先の将来、宇宙進出にこうしたコールドスリープ薬が大活躍なんてこともあるかもしれない。

 大袈裟なスリープポッドよりも、薬を飲んでぐっすりの方が宇宙飛行士への負担はずっと少なく思えるがどうだろう?

 この研究は、『ACS Nano』(2024年8月21日付)に掲載された。

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