生と死を超えた「第三の状態」が存在することが、バイオロボットの研究であきらかに
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 従来、死は「生物の終わり」と考えられてきた。だがじつは生と死の境界を超えた「第三の状態」というものがあるのだという。

 最近の研究では、生物の死後も細胞レベルではまだ生きており、中には新たな機能を獲得するばかりか、多細胞生物として蘇ることすらあることが明らかになっている。

 米アラバマ大学の細胞学者ピーター・A・ノーブル氏らは、こうした死後の細胞についての研究結果を発表した。

 それによると、死んだ生物の細胞から作られたバイオロボットは、細胞の適応力について新しい洞察をもたらすだけでなく、まったく新しい医療への扉を開く可能性があるという。

生と死を超えた「第三の状態」とは?

 生物の基本的な状態といえば、普通思い浮かぶのは、生と死の二つだけだ。

 だが最近の研究では、生きても死んでもいないし、生きているし死んでいる、生死を超えた「第三の状態」の存在が明らかになりつつある。

 それは言わば、死後の生のようなものだ。ある種の細胞は、生物の死後にそれまでとはまったく新しい機能を獲得することがある。それが第三の状態だ。

 たとえば、毛虫から蝶、オタマジャクシからカエルへの変態など、細胞が驚くようなに振る舞いを示すことはある。

 あるいは、無限に増殖するがん細胞や臓器の3Dミニチュアであるオルガノイドのような興味深い細胞もある。

 だが、これらは第三の状態ではない。それまでになかった新しい機能を獲得しているわけではないからだ。

 一方、死んだカエルの胚から抽出された皮膚細胞は違う。

 これをペトリ皿に入れて特殊な状況にさらしてやると、自ら再編成して「ゼノボット(xenobot)」と呼ばれる多細胞生物に生まれ変わる。

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 このゼノボットは元の細胞の本来の機能を大きく超えた振る舞いをする。

 たとえとば、ゼノボットは繊毛(細い毛のような構造)を使って動き回る。じつはこの繊毛は、もともと粘液を動かすためのものだ。

 さらにゼノボットは運動学的自己複製をすることができる。つまり、成長しないままに、構造と機能を物理的に複製できるのだ。

 普通の細胞なら、それによって生物の体が成長したり、新しい器官ができたりするところだが、そうはならない。

 カエルだけでなく、ヒトの肺細胞もまた自己組織化し、動き回るミニチュア多細胞生物に生まれ変わることも明らかになっている。

 「アンスロボット」と呼ばれるそれは、動き回れるだけでなく、自分自身やそばにある神経細胞の傷まで治してしまう。

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 ノーブル氏によれば、こうしたゼノボットやアンスロボットの機能は、元の細胞のものを大きく超えており、それゆえに細胞の第三の状態なのだという。

 そしてそれは、生命にとって終わりだとされてきた死が、生命の経時的な変化に重要な役割を担っている可能性を告げているそうだ。

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死後も生きる第三の状態を作り出すための条件

 生物が死んだ後、その細胞や組織が生きて機能し続けられるかどうかは、細胞の種類のほか、環境・代謝・保存方法などの要因に左右される。

 たとえば、細胞によって寿命が異なることもある。

 人間の白血球が死後60~86時間ほどで死んでしまうのに対し、マウスの骨格筋細胞は死後14日間培養できる。ヒツジやヤギの線維芽細胞なら死後1ヶ月ほども培養可能だ。

 細胞の代謝もまた大きく関係する。きちんと機能するために大量のエネルギーを必要とする細胞ほど、死後の培養が難しくなる。

 一方、凍結保存のような保存技術があれば、骨髄などの組織を生きたまま保つことができる。

 細胞に備わったそれぞれ固有の生存メカニズムも、細胞の死後の寿命を左右する。

 例えば、生物が死ぬとストレスや免疫関連の遺伝子が活発になることが知られている。

 これは、生物が死んだことで失われた恒常性(体の状態を一定に保つ仕組みのこと)を補うためだと考えられている。

 さらに、外傷や感染、死亡からの経過時間、生物の年齢・健康状態・性別なども同様だ。

 こうした要因がどのように作用して、死後の細胞の生存を助けているのか詳しいことは不明だ。

 だが仮説としては、細胞の外膜に特殊な経路やポンプが備わっており、これが複雑な電気回路として機能すると考えられるという。

 こうした経路やポンプが発生させる電気信号によって、細胞同士は連絡を取り合い、成長や移動といった特定の働きを可能にする。

 また死後に生きられる細胞の種類も不明だ。

 マウスやゼブラフィッシュ、あるいは人間を対象とするこれまでの研究では、ストレス・免疫・エピジェネティクス(DNAの配列を変えずに、遺伝子の働き方や発現を変える仕組みのこと)に関係する遺伝子が死後に活性化することが判明しており、第三の状態になれる細胞はかなりは幅広いだろうことが示されている。

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バイオロボットによる新しい医療

 第三の状態は、細胞の適応力の秘密を解き明かすヒントになるだけでなく、新しい医療への扉を開くかもしれない。

 例えば、個人の生体組織から作られたアンスロボットなら、ムダな免疫反応を引き起こさずにその人の体内の必要な場所に薬を届けることができるかもしれない。

 動脈内を掃除して、動脈硬化を治療したり、嚢胞性線維症の患者の余分な粘液を取り除くなんてことも実現するかもしれない。

 しかも都合がいいことに、死後の細胞から作られたアンスロボットには寿命がある。4~6週間後には死んで分解されるので、がん細胞のように人体を脅かすようなことはない。

 こうした死後の細胞の機能を理解することは、患者個人に合わせた治療や予防医療を大きく飛躍させると期待できるそうだ。

この研究は『Physiology』(2024年7月10日付)に発表された。

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