3600年前の中国のミイラに付着していたのは、世界最古のケフィアチーズだった
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 1990年代、中国新疆ウイグル自治区のタリム盆地にある小河墓地で、およそ3600年前のものとみられるミイラ数百体が回収された。

 その後2003年になり、これら青銅器時代のミイラの一部の頭部や首に白い物質が付着しているのが新たに発見されたが、その物質の正体は長年謎だった。

 このたび、中国科学院の傅 喬美(Qiaomei Fu)氏らが、なんとこれが知られている中で最古のケフィアチーズであることをと突き止めたという。

 この発見は、ケフィアが北コーカサス地域(現ロシア)のみを起源とするという定説を覆す可能性があるという。

白い物質は最古のケフィアチーズ

 青銅器時代となる、約3300~3600年前のミイラに付着していた白い物質の謎を調べるべく、中国科学院の研究チームは高度なDNA分析を行った。

 するとこの物質のサンプルには牛とヤギのDNAが含まれていることがわかった。

 驚くべきことに現代のケフィアグレインによく見られる、ラクトバチルス・ケフィラノファシエンス種やピチア・クドリャフゼビイ種を含む菌や真菌のDNAが特定できたという。

 これはこれまで発見されている古代のケフィアチーズの最古のものということになる。

チーズのような食品が何千年も保存されるのは極めて難しいため、今回のケースは大変珍しく貴重です

この古代のチーズを詳しく研究すれば、私たちの祖先の食生活や文化をもっと深く理解できるでしょう(傅 喬美氏)

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ケフィアの起源が覆る可能性

 興味深いことに、古代の小河族は異なる動物の乳を別々に使っていたようだ。この方法は中東やギリシャのチーズ製法で一般的な乳の混合法とは違う。

 善玉菌をもつ生きた微生物または食品であるプロバイオティクス発酵乳製品ケフィアは、ロシアのコーカサス地方のみを起源としているとされてきた。

 しかし、今回の発見でこの説に疑問がでてきた。

 このケフィアサンプルから特定したラクトバチルス・ケフィラノファシエンス菌はチベットの株と近縁で、3000年以上前に新疆でケフィア文化が存在していたことを示している。

 チーズにする過程で、生乳に含まれる乳糖が大幅に減るため、ケフィアチーズの製造は、生乳の保存期間を延ばすだけでなく、遺伝的に乳糖不耐症だったアジアの小河族の人々にとって、乳糖による障害を和らげる意味合いがあった可能性があるという。

 古代と現代の乳酸菌の遺伝子構成を比較してみると、時間の経過とともに菌がどのように変化し、宿主である人間に適応してきたかを見ることができる。

 現代のケフィアのプロバイオティックス菌は人間の腸内で免疫反応を引き起こす可能性は低い。

これは前例のない研究で、菌が過去3000年の間にどのように進化したかを観察することができます

乳製品を調査することで、古代の人類の生活と世界との関わりについてよりはっきりした理解が得られるようになりました(傅 喬美氏)

タリム盆地のミイラの起源

タリム盆地のミイラは、4000年前にさかのぼるもので、20世紀始めに初めて発見された。

 非常に保存状態がいいこのミイラは、金髪でヨーロッパ人の顔だちをしていて、東アジア人がほとんどのこの地域において、ひときわ目立つ存在だ。

 長年、こうした人たちの起源についてはさまざまな議論があった。

 インド・ヨーロッパ語族の西方への移動の一環としてヨーロッパや中央アジアからの移民だったという説もあれば、この地域にもともと住んでいた先住民で、遺伝的孤立によって時間の経過と共に独特の特徴を発達させた人たちという説もある。

 2021年、ソウル大学とハーバード大学の研究者たちが、この特異な人々の起源を明らかにした。

 近隣のアジア人集団とは異なり、タリム盆地に住んでいた人々は遺伝的に孤立した状態で、かつて広く分布していた古代北ユーラシア人(ANE)の子孫だという。

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謎に包まれている古代北ユーラシア人

 「古代北ユーラシア人(ANE)の歴史は謎に包まれています」と、ハーバード大学の人類学者クリスティーナ・ワリンナー氏は語る。

偶然に彼らのミイラが見つかって以来、多くの疑問が生まれました。彼らの多くの特徴が独特で不可解、つまり矛盾しているからです(クリスティーナ・ワリンナー氏)

 およそ1万年前、ANEの人たちは最終氷河期の終わりと共にほとんどが消滅し、彼らの遺伝子は現在のシベリアやアメリカ地域の集団にその痕跡が残るだけだ。

 しかもタリムのミイラには、北に800kmしか離れていない場所に住むジュンガル人のようなほかの部族と混血していた痕跡は見られない。

 対照的にジュンガル人は、南シベリアの遊牧民アファナシエヴォ族と混血しており、南ロシアのインド・ヨーロッパ語族ヤムナヤ人と遺伝的につながっていた。

 研究者たちは、過酷な砂漠という環境が、移住や遺伝子の混じり合いを自然と阻む障壁になった可能性があると推測している。

 高山に囲まれているタリム盆地は、雪解け水で満たされた川に水源を頼っていたが、そこは住むには過酷な場所だった。

 季節の変化によって川の流れが変わると、集落は水源から遠く離れた場所に取り残されてしまい、その結果、集落が放棄されることになり、最終的にタリム文明の崩壊にもつながった。

 今日、かつては緑豊かだったタリム盆地の川岸は、広大な砂漠の一部になってしまっている。

青銅器時代の人々の食と暮らしを知るヒントに

 今回の発見は、単に最古のチーズが見つかったというだけではない。古代の人たちが環境や食物とどのように関わっていたかを知る貴重な機会を得たことにもなる。

 さらに発酵という現象が人類の歴史において果たした役割にも光を当てることになった。発酵は栄養補給から食物の保存まで、さまざまな目的に役立つ現象なのだ。

なぜ、ミイラの体にチーズがつけられていたのかはわからない。死に伴う儀式的なもの、象徴的なものだったのではないかという説や、あの世への供物という説もある。

 プロバイオティクス菌の進化を理解することは、現代にも密接に関わってくることだ。

 この菌は腸内環境改善に重要な役割を果たしており、その進化を調べることで、栄養学や医学の将来の研究に役立つとされている。

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