
南米、アタカマ海溝の深海7,902mの暗黒の中で、まるで牙のような鋭い前足を持ち、高速で泳ぐ真っ白い奇妙な生物が4体発見された。
「超深海帯」と呼ばれる深海のさらに下の領域は、生物にとっては厳しすぎる極限の環境だ。
そこで初めて発見されたのが、端脚類(エビ類に似た甲殻類の仲間)の一種だ。しかも体長は4cm近くあり、端脚類の中では大型だ。
この新種の捕食者は、アンデス地方の言語で「暗闇」を意味する「ドゥルシベラ・カマンチャカ(Dulcibella camanchaca)」と命名された。
深海のさらに奥底に存在する冥界世界「超深海帯」
「超深海帯」とは、水深6,000~11,000mにかけての、太陽の光がまったく届かない闇に閉ざされた領域だ。
英語ではhadal zone(ヘイダル・ゾーン)というが、これはギリシャ神話の冥界の神ハデスにちなんだものだ。
この地球には超深海帯が46ヶ所あるが、いずれも太平洋にあり、それらすべてを合わせても、海底の総面積の0.25%にも満たない神秘的な領域である。
冥界の神の名をいただくだけあって、超深海帯は生物にとっては非常に過酷な場所だ。
完全な闇に包まれており、一部の生物がコミュニケーションとして行う生物発光を除けば光はない。水温はほぼ氷点下で、超深海ゆえに水圧も凄まじい。
そんなところでも生きていける生物は、地球上の生命がどのようにサバイバル能力を進化させたのか解明するうえで、重要な手掛かりとなる。
そんな超深海帯を持つ、東太平洋のペルーとチリの沖合い約160kmにあるアタカマ海溝(ペルー・チリ海溝)で今回発見されたのが、新種の捕食生物だ。
超深海帯で初めて発見された大型の捕食性端脚類
米国ウッズホール海洋研究所などの研究チームは2023年、無係留プラットフォームをアタカマ海溝の水深7,902mに沈めて、4匹の「端脚類」(エビ類に似た甲殻類の仲間)を捕獲した。
その形態や遺伝子を調べたところ、新属新種であることが判明した。
新種は、アンデス地域の言葉で「闇」を意味する語にちなみ、「Dulcibella camanchaca」と名付けられている。
体長3.8cmほど、深海にすむ端脚類(2~3cmほど)の中では大型だ。捕食に特化した前足で小型の端脚類をとらえて食べる、生粋のハンターである。
まさに冥界のような超深海帯で捕食動物が生きていけるのも、ここが過酷でありながらも、ほかの超深海帯には見られないユニークな特徴があるおかげだ。
冷たく、暗いアタカマ海溝だが、そのずっと上にある海面には、非常に栄養豊富な海水がある。これがアタカマ海溝の生命を支える鍵を握っているのだ。
またこの海溝は、ほかの海溝からも遠く離れているため、そこでしか見られない独特の固有種が繁栄している。そうしたわけで海洋生物学者たちは、長年この海の奥深くに魅了されてきた。
研究チームの一員であるチリ、コンセプシオン大学の海洋学者カロリーナ・ゴンサレス氏は、プレスリリース[https://www.whoi.edu/press-room/news-release/dulcibella-camanchaca/]で次のように述べている。
多くの関係者の協力と、統合的なアプローチのおかげで、新種であることが確認されました。アタカマ海溝は今も、生物多様性が豊かであることを示しています
こうした発見は、チリ沖の深海探査を今後も続けることの重要性を示しているとのこと。その極限環境ではまだまだ新種の発見が期待されている。
この発見は『Systematics and Biodiversity[https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/14772000.2024.2416430]』(2024年11月27日付)で発表された。
References: Woods Hole Oceanographic Institution and partners discover new ocean predator in the Atacama Trench – Woods Hole Oceanographic Institution[https://www.whoi.edu/press-room/news-release/dulcibella-camanchaca/] / Woods Hole Oceanographic Institution and part | EurekAlert![https://www.eurekalert.org/news-releases/1067563]