
ドアを開けて部屋をまたいだ瞬間、あるいはある場所から別の場所に移動した瞬間に記憶がすっとんでしまうことは「あるある」だったようだ。
私は毎日のこれをやらかしているので心配だったのだが、「ドアウェイ効果」という名称があるくらいだから、頻度の差はあれど経験者は多いはずだ。
例えば、リビングで「台所から何か取ってこよう」と思いつき、台所に着いた瞬間、その理由がすっかり頭から抜け落ちてしまう。あるいは、買い物に行ったのに、店に入った途端に何を買おうとしていたかを忘れてしまうことだ。
これは単なる疲れや記憶力の低下だけが原因ではないという。今回は「ドアウェイ効果」の背後にある科学的な理由に迫ってみよう。
場所が変わると記憶がリセットされる「ドアウェイ効果」
2011年、アメリカのノートルダム大学の研究チームは、「ドアウェイ効果」を検証する実験[https://journals.sagepub.com/doi/10.1080/17470218.2011.571267]を行った。
この研究では、参加者に物を運ぶ仕事を与え、現実世界やバーチャル空間で部屋を移動するよう指示そた。
その結果、ドアを通過した後に、圧倒的に忘れ物が増えることが明らかになった。
単に部屋を横切るだけの場合と比べても、ドアを通ることで記憶がリセットされる確率が高くなるのだ。
これは、私たちの脳が過去の出来事を整理して「区切り」をつける仕組みと関係しているという。
この記憶の仕組みは「イベントホライズンモデル(Event Horizon Model:記憶や認知における境界)」によるもので、脳は出来事を連続的に記憶するのではなく、「その場所で起きたこと」を断片に分けて記憶する特徴があるのだという。
その結果、ドアを通ることで、「新しい場面が始まった」と脳が認識し、それまでの出来事と切り離してしまうのだ。
ノートルダム大学心理学教授のガブリエル・ラドバンスキー氏は当時の声明[https://news.nd.edu/news/walking-through-doorways-causes-forgetting-new-research-shows/]で「別の部屋で下した決断や活動を思い出すのは、それが区分化されているため困難です。」と説明した。
これが、前の部屋で考えていたことをすぐに思い出せなくなる理由なんだという。
イメージだけでも「ドアウェイ効果」は発生する
さらに2014年のイリノイ州ノックス大学研究[https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/09658211.2014.980429]では、実際にドアを通らなくても、この効果が起きることが報告された。
つまり、脳は「ドアを通り抜ける場面」を想像するだけで、記憶を忘れやすくなることがわかったのだ。
これは、脳が場所の移動を想像しただけで、記憶の整理を始めてしまうためだと考えられている。
ドアウェイ効果はいつでも起きるわけではない
ただし、ドアウェイ効果がいつでも起こるわけではないこともわかっている。
2021年にオーストラリア、クイーンズランド大学が行ったVR(バーチャルリアリティ)を使った実験[https://bmcpsychology.biomedcentral.com/articles/10.1186/s40359-021-00536-3]では、ドアウェイ効果がどのような条件で起こるのかが詳しく調べられた。
最初の実験では、参加者にVRヘッドセットを装着してもらい、仮想空間の中でテーブルに近づき、その上に置かれた物を覚えるという作業を行った。そして、覚えた後で別のテーブルに移動し、そこで新たに物を覚えるよう指示された。
ここで重要なのは、「次のテーブル」がどこに配置されていたかだ。
- 同じ部屋の場合: 次のテーブルが現在の部屋の中にあり、ドアを通る必要がない
- 別の部屋の場合: 次のテーブルが隣の部屋にあり、ドアを通過して移動する必要がある
この実験では、ドアを通過した場合でも、記憶に特に影響がないことがわかった。つまり、「ドアを通過することだけでは、ドアウェイ効果は必ずしも発生しない」ということだ。
脳の負担が大きいとドアウェイ効果が起きやすい
クイーンズランド大学による次の実験では、「物を覚えながら同時に数を数える」という追加の作業を加えた。
すると結果が大きく変わった。この状況では、ドアウェイ効果が強く現れたのだ。
研究者たちは、脳が同時に多くの情報を処理しようとすると負荷がかかり、記憶が曖昧になりやすいことを指摘している。
また、仮想空間の部屋がほぼ同じ見た目だったことから、記憶の喪失は「ドアを通過する動作」そのものよりも「環境や状況の変化」による可能性が高いとも考えられる。
日常でどう活かす?
「ドアウェイ効果」を理解することで、日常生活の困りごとを減らすヒントになるかもしれない。
例えば、移動してなにかを行う場合には、意識的に口に出して確認したり、メモを取るなどして「忘れにくい工夫」をすると良い。
また、何かを探しに行く時は、目的を心の中で繰り返しながら移動すると、記憶の断絶を防ぎやすい。
ただし私のように1日に数回とか、毎日30分は何かを探しているくらい頻繁だと、単なるドアウェイ効果で片づけられない何か他の要因もありそうな気がする。
なので「あらやだうっかり忘れちゃった、でもこれってドアウェイ効果だから」とか、自慢げに言わないようにしようっていうか言えないな。
References: Bmcpsychology.biomedcentral.com[https://bmcpsychology.biomedcentral.com/articles/10.1186/s40359-021-00536-3] / Tandfonline[https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/09658211.2014.980429] / Journals.sagepub.com[https://journals.sagepub.com/doi/10.1080/17470218.2011.571267] / News.nd.edu[https://news.nd.edu/news/walking-through-doorways-causes-forgetting-new-research-shows/]