
アフリカのナミブ砂漠にはまさに自然の神秘と呼べる植物が生息している。その和名では、サバクオモト(砂漠万年青)、キソウテンガイ(奇想天外)と呼ばれる裸子植物、「ウェルウィッチア」だ。
見た目は枯れかけた草のようだが、数千年生き続けている個体もあるといわれるほど、驚異的な生命力を持つ。
この植物は、極限の乾燥環境に適応し、ほとんど雨が降らない砂漠で生き延びるための独自の生存戦略を持っているのだ。
さらに、その遺伝子には長寿の秘密が隠されていた。
脅威の寿命を持つ「ウェルウィッチア」とは?
ウェルウィッチア(学名:Welwitschia mirabilis」)は、アンゴラとナミビアの間に広がる超乾燥地帯「ナミブ砂漠」に生息する裸子植物だ。
裸子植物(らししょくぶつ)」は、種子のもとである胚珠がむき出しになる植物のことで、松や杉などがあげられる。受粉は風まかせで、果実がないのが特徴だ。
1859年にオーストリアの植物学者フリードリヒ・ウェルウィッチ氏[https://powo.science.kew.org/taxon/urn:lsid:ipni.org:names:383591-1/general-information]によってナミビア砂漠で発見され、世界に知れ渡ることとなる。
この植物を初めて目にしたウェルウィッチ氏は、その奇妙な姿に驚き、思わずひざまずいたという逸話が残っている。
ウェルウィッチアは現地のアフリカーンス語で「Tweeblaarkanniedood(ツヴェーブラールカニードード)」と呼ばれ、「枯れない二枚の葉」という意味を持つ。
通常の植物は古い葉を落として新しい葉を生やすが、ウェルウィッチアは長い一生の間にわずか2枚の葉しか持たない。
たくさん葉があるように見えるのは、時間が経つにつれて葉の先端が裂けて細長く分かれてゆくためだ。
実際には最初に生えた2枚の葉が何百年にもわたって成長し続け、風や砂嵐によって裂けながら広がっているだけで、この独特の成長パターンが、ウェルウィッチアの特徴のひとつだ。
一見するとボロボロに見えるが、それでも葉自体は生き続けているのだ。
ウェルウィッチアの葉は、一度も落葉せずに成長を続けるため、「最も長く生き続ける葉」としてギネス世界記録[https://www.guinnessworldrecords.com/world-records/84107-longest-leaf-lifespan]を持っている。
平均的な葉の総面積は1㎡ほどだが、古い個体ではさらに大きくなることもある。葉先が摩耗しながらも成長し続けるため、まるで終わりのない生命を象徴するかのような植物なのだ。
数千年を生きる寿命の秘密
インディアナ大学ブルーミントン校[https://greenhouse.biology.indiana.edu/features/fun-plants/Welwitschia-mirabilis.html#:~:text=in%20ideal%20locations.-,W.,be%20nearly%202000%20years%20old!]によると、この植物はウェルウィッチア科で唯一生きている属であり、そのため「生きた化石」と考える人もいる。
放射性炭素年代測定によって、500~600年生きたことが確認された個体も確認されたが、推定寿命は400~1,500年と考えられており、大きな個体の中には3,000年[https://www.newscientist.com/gallery/oldest-things/]近く生きてる可能性もあるという。
2021年の研究[https://www.nature.com/articles/s41467-021-24528-4]では、この植物の驚異的な長寿の秘密が遺伝子にあることが明らかになった。
今から約8600万年前、この植物に遺伝子が倍増する「遺伝子の重複(ゲノム倍加)」という変化が起きた。
その結果、乾燥や暑さに強い性質を持つ遺伝子が発達し、極端に厳しい砂漠の環境でも生き延びる力を手に入れた。
また、ウェルウィッチアの葉は普通の植物のように新しく生え変わるのではなく、ずっと伸び続けるている。
これは「KNOX1」「ARP3」「ARP4」という特定の遺伝子が働いているためで、このおかげで葉が一生伸び続ける仕組みになっているのだ。
砂漠に適応した生存戦略
ナミブ砂漠は年間降水量がほとんどないため、ウェルウィッチアは特殊な方法で水を確保している。
その一つが「CAM型光合成(ベンケイソウ型有機酸代謝)[https://ja.wikipedia.org/wiki/CAM%E5%9E%8B%E5%85%89%E5%90%88%E6%88%90]」と呼ばれる光合成の仕組みだ。
これは、昼間の暑い時間帯には気孔を閉じて水分の蒸発を防ぎ、夜間に気孔を開いて二酸化炭素を取り込むという方法で、乾燥地帯に生息する多くの植物が持つ適応能力の一つである。
科学者らは20年間の研究の後、[https://www.publish.csiro.au/fp/FP01241]ウェルウィッチアが確かにCAMを利用していることを確認した。
また、この植物は霧から水を得る能力も備えている。長く伸び続ける葉が空気中の水分をキャッチし、根に送り込む役割を果たしているのだ。
さらに、地下深くまで伸びる長い根(タップルート)が地中のわずかな水分を吸収することで、極度の乾燥に耐えている。
砂漠の生態系を支えるウェルウィッチア
ウェルウィッチアは単に長寿なだけではない。砂漠の生態系にとっても重要な存在だ。その葉は、砂漠を吹き抜ける風が運んできた有機物をキャッチし、土壌を肥沃にする。
またその大きな葉は、そこに住む動物たちに様々な恩恵を与えている。
例えば、ムジスナヒバリ(Gray’s lark)という鳥はウェルウィッチアの周囲で巣を作り、トカゲやサソリ、クモ、昆虫などの小動物たちもこの植物の葉の影を利用して暑さをしのいでいる。
さらに、大型草食動物のウシ科のオリックス属やスプリングボックは、葉をかじって水分を補給する。
ウェルウィッチアは、その見た目こそボロボロで、「世界一醜い植物」と揶揄されることもあるが、実際には、驚異的な生命力と適応能力を持つ「砂漠の英雄」ともいえる存在だ。
数千年生きるその生命力、独特の水分確保法、砂漠の生態系を支える役割を持つこの植物には、まだまだ解明されていない謎も多い。
極限の環境を生き抜くウェルウィッチアの研究は、気候変動が進む未来の地球において、新たな発見をもたらすかもしれない。