
想定された使用環境や耐久年数を、はるかに超えて動き続ける電子機器により戦場から生還したゲームボーイや、海を越えて流れ着いたデジカメなど、奇跡と呼んでもいい感動のストーリーが生まれることもある。
2025年3月25日、イギリスのメディアが、7週間に及ぶ銃撃事件の裁判が結審したと伝えた。
この裁判が大きな話題となったのは、5年以上もテムズ川の水中で眠っていたiPadが、事件解決への決定的な証拠となったからである。
iPadは水底の砂に埋まっていたものの、中のSIMカードが生きていて、容疑者につながる痕跡を克明に残していたのだ。
iPadのSIMに未解決事件の手がかりが
2024年11月、ロンドンのテムズ川の砂の下に沈んでいたiPad miniが、金属探知機を使って捜索していた警察当局によって発見された。
5年以上もの間水中で眠っていたiPadだが、鑑識チームは本体を洗浄し、SIMカードを回収することに成功した。このSIMカードには、かつて国境を越えて行われた複数の犯罪事件を解決へと導くデータが入っていた。
これらの犯罪の容疑者は、国際的な犯罪組織に属する人物と判明していたものの、当局は決定的な証拠を掴めず、未解決のままになっていたのだ。
この発見に、捜査陣は色めき立った。捜査を指揮してきたマシュー・ウェッブ警視は、iPadが発見されたというニュースを聞いた時の様子を次のように語っている。
この話を聞いて、みんなが仰天しました。言葉では言い表せませんが、本当にあごが外れるほどビックリしました。美しいパズルのピースが見事にハマったのです
捜査陣をこれほど感動させるほどの発見とは、いったいそのiPadにはどんな情報が入っていたのだろうか。まずは事件の詳細について見ていこう。
国際犯罪組織の闇
2019年6月1日の未明、スイス・ジュネーブにある極東美術館に複数の男が侵入し、高価な中国の美術品を盗み出した。被害総額は日本円で約5億円にも上るという。
スイス警察はすぐに捜査を開始し、防犯カメラの映像を解析した。捜査が進むうちに、現場にDNAが残されていたことが判明。
ルイス・アハーン(同36歳)、スチュワート・アハーン(同46歳)の兄弟と、ダニエル・ケリー(当時46歳)の3人が容疑者として浮上した。
彼らはイギリスを拠点とする国際犯罪組織に属する犯罪者で、これまでにも多くの殺人・強盗事件に関与している可能性があったのだ。
事件後、3人は香港へ渡り、盗んだ美術品の一部をオークションハウスで売却しようと試みたが、この取引はうまくいかなかった。
美術品の由来に疑問を持ったオークションハウスが警察に通報し、売却計画は頓挫。そのため3人は美術品を闇市場で売却することにしたらしい。
ジュネーブでの事件から1か月後の2019年7月、ロンドン北東部のウッドフォードで、ポール・アレン(同41歳)という男性が自宅のキッチンで銃撃される事件が起こった。彼は脊髄を損傷し、下半身不随となる重傷を負った。
アレンは2006年にケント州で発生した5,400万ポンド(約105億円)の現金強奪事件で有罪判決を受けた経歴を持つ犯罪者であり、今回の銃撃事件も彼の過去の犯罪歴と関係があるとみられた。
回収されたiPadが明かした事件の真相
捜査当局の懸命の捜査の結果、3人は2020年1月までに相次いで逮捕され、2024年1月にスイスで有罪判決を受けた。その後、彼らの身柄は再びイギリスに送られて、アレンの事件での捜査が続けられていた。
ルイス・アハーンの供述から、捜査当局はアレンの銃撃後に、ケリーが何かをテムズ川に投げ捨てたことがわかっていた。
ところが実際に回収されたのはiPadだった。そこには、アレンの家族の車に取りつけられていた追跡装置の情報が記録されており、ケリーたち3人がアレンの動向を監視していた形跡があった。
実は3人がアレンの車を追跡していたことは、交通カメラの映像で捜査当局も把握していたという。だがその理由や、なぜ彼らがアレンの居場所を正確に知っていたかまではわかっていなかった。
さらにiPadの中には、美術館への侵入計画や盗品の取引に関するメモが保存されており、彼らがジュネーブの事件に関与していた決定的な証拠となるとともに、アレンの殺人未遂事件にも関与している可能性が大きくなった。
警察は、このiPadを手がかりに関係者を割り出し、容疑者たちの過去の通信記録や資金の流れを調査した。iPadにあったデータには、AmazonやeBayのアカウント情報やメールアドレス、使い捨て携帯の情報も含まれていたという。
さらにGPSの情報は、事件当時の犯人らの移動経路の追跡にも役立った。執念の捜査の結果、彼らが国際犯罪組織のメンバーであることが明らかとなった。
裁判ではデータの信憑性も争われたが…
検察側は、アレンが3人とジュネーブでの盗難事件の件でかかわった結果、銃撃事件につながったと主張している。
裁判では、テムズ川から回収されたiPadのデータが決定的な証拠として提出された。弁護側は、iPadのデータの信憑性を疑問視し、証拠としての採用に異議を唱えたが、裁判官はこれを却下した。
美術品の違法取引は、国際的な犯罪組織と結びついているケースが多く、今回の事件でもiPadに残された情報から、裁判の過程で複数の国をまたいだ犯罪が改めて明るみに出る結果となった。
5年越し・7週間に及ぶ裁判は3月25日に結審し、判決は4月25日にロンドンのオールド・ベイリー中央刑事裁判所で下される予定だ。
彼らがアレンへの殺人未遂容疑で有罪となる可能性は、きわめて高いとみられている。ロンドン警視庁は判決に先立ち、次のような声明を出している。
この有罪判決は何年にもわたる捜査の結果であり、責任者を裁くために尽力し、粘り強く取り組んでくれた刑事司法パートナーと捜査チームに感謝したいと思います。
重大な組織犯罪に手を染める者たちへのメッセージとして、私ははっきりと伝えたい。
ロンドン警視庁は、地域社会における深刻な暴力や銃器の使用を容認しません。あなたたちを法の裁きにかけるため、あらゆる手を尽くします
References: An iPad spent five years in a river – then helped crack a murder plot[https://www.spokesman.com/stories/2025/mar/25/an-ipad-spent-five-years-in-a-river-then-helped-cr/] / Thefts, a heist, and an attempted murder uncovered by iPad[https://appleinsider.com/articles/25/03/25/if-you-try-to-kill-somebody-dont-throw-your-ipad-in-the-river-afterwards]
本記事は、海外の情報をもとに、日本の読者がより理解しやすいように情報を整理し、再構成しています。