
アメリカ・ワイオミング州で、およそ2億3,000万年前の地層で、「タイムカプセル」のように保存されていたのは、巨大な両生類の化石群だ。
およそ数十体とみられる両生類は同じ場所で、ほぼ同時に命を落としていた。
恐竜が誕生し始めた三畳紀の水辺でいったい何が起きていたのか?なぜ彼らは同じ場所で命を落としたのか?その謎に迫った最新の研究結果が報告された。
化石に刻まれた両生類の集団死
2025年4月、アメリカ・ウィスコンシン大学マディソン校のアーロン・M・クフナー氏を中心とした研究チームは、米国ワイオミング州デュボワにある「ノビー・ノブ」と呼ばれる場所で発見された大量の化石についての詳細な調査結果を発表した。
見つかったのは、ブエットネーレルペトン・バケリ(Buettnererpeton bakeri)という、体長数mにもなる絶滅した大型両生類の化石だ。
この生き物は恐竜が出現し始めた約2億3000万年前の淡水環境で暮らしており、当時の水辺でよく見られた「メトポサウルス科[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%88%E3%83%9D%E3%82%B5%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%82%B9]」に分類される。
今回の発見では、何十体もの個体が同じ場所に集中して化石として残されていた。これは「大量死」の現場をそのまま記録した、非常に貴重な例である。
川の氾濫で同時に埋もれた可能性
ノビー・ノブの地層には、細かな泥や堆積物が幾層にも重なっていた。これは、かつてその場所が川の氾濫原(大雨で川があふれたときに水が広がる場所)であったことを示している。
研究者たちは、この化石群がそこで「そのまま」埋もれたと考えている。
というのも、化石の保存状態が非常に良好で、壊れやすい骨の一部や小さな骨の並びまで、ほぼ元のまま残っていたからだ。
これが意味するのは、死後に流されてきたわけではなく、この場所で命を落とし、その場で土に埋もれたということだ。
ふつう、化石が見つかる場所では、水の流れによって骨がバラバラになったり、遠くから運ばれてきたりしていることが多い。
しかし今回のように静かな水辺で、一度に多くの個体がそのまま埋もれていたケースは非常に珍しい。
なぜ彼らは大勢で同じ場所に集まっていたのか?
そしてもう1つ疑問が残る。
研究チームは、以下の2つの可能性を指摘している。
ひとつは、繁殖のために水辺に集まっていたという説だ。
現代のカエルやサンショウウオも繁殖期に特定の水辺に集まる習性があるため、同じような行動をしていた可能性がある。
もうひとつは、干ばつによって、動ける範囲が限られ、水が残っている場所に集中せざるをえなかったという説だ。
しかし、どちらが正しいのかはまだわかっていない。
ブエットネーレルペトン・バケリの化石群ほど詳細に調べられた例は少なく、他の場所では「死んだあとに流されて集まった」とされる化石がほとんどだ。
今回のように「その場での集団死」が確認できるのは非常に珍しいという。
今回の発見は、これまでに知られていたブエットネーレルペトン・バケリの化石の半分以上を占める規模で、個体数としてはこれまでの2倍以上が新たに確認された。
アーロン・M・クフナー氏は、「この化石群は、長い時間をかけて集まったのではなく、同じ時に同じ場所で死んだ1つの集団をそのまま記録している」と語る。
このような保存状態は非常にまれであり、恐竜時代初期の生態系や、当時の気候・環境の理解を深めるうえで、今後の研究に役立つという。
ブエットネーレルペトンのような巨大な両生類は、現在のカエルやイモリの祖先にあたる存在であり、地球の歴史の中では大きな位置を占めていた。
彼らの化石が語る「水辺での集団死」は、当時の自然の厳しさや、生き残るための行動を想像させる。
この研究は『PLOS one[https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0317325]』誌(2025年4月2日付)に掲載された。
追記:(2025/04/09)タイトルを一部訂正しました。
References: Eurekalert[https://www.eurekalert.org/news-releases/1078759] / Journals.plos.org[https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0317325]
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