
2024年12月29日に韓国で発生したチェジュ航空の事故は、まだ記憶に新しいという人も多いと思う。その直接の原因として、エンジンが「バードストライク」を受けていたことが判明している。
バードストライクとは、上空を飛ぶ鳥たちが人工構造物にぶつかる事故のことだ。特に航空機へのバードストライクは、大事故につながる可能性が大きいことから、その発生防止策の徹底が求められている。
世界各地の空港でさまざまな対策が試みられているのだが、アメリカのイェーガー空港では、2匹のボーダーコリーを採用した防止対策が話題を呼んでいる。
2匹のボーダーコリーが空港を守る
ヴァージニア州チャールストンにあるイェーガー空港は、山の上という立地から、上空にはいつも多くの鳥たちの姿があった。
そこで離発着時の安全を図るため、同空港では専門の野生動物保護チームを設置。バードストライクから航空機を、逆に言えば航空機から鳥たちを守るための取り組みを行っている。
このチームのメンバーとして活躍しているのが、ネッドとヘラクレスという名の2匹のボーダーコリーである。
もともとはヘラクレスが1匹でパトロールをしていたのだが、2025年2月に2歳のネッドという後輩が加わったのだ。
2匹の任務は、滑走路周辺から野生動物を追い払うこと。飛行機が飛びさえすれば出動するため、雨の日も風の日も出動する大変な仕事だ。
でも雨の日なら鳥もあまりいなくて楽そう、と思いきや、むしろ彼らの仕事は雨の日の方が増えるようだ。
野生動物の専門家で、犬たちの飼育係も務めるクリス・カイザーさんは、次のように説明する。
雨が降ると、鳥の数が大幅に増えます。
雨でミミズが地表に出てくると、鳥たちが食べに集まって来るのです
イェーガー空港は24時間稼働しているため、彼らの任務は日中だけにとどまらない。夜になると夜行性の生き物たちもやって来る。
地上の飛行機の行く手を遮るのは鳥だけでなく、シカやキツネ、ウッドチャックといった動物たちも、餌を探して危険なエリアに侵入してしまうことがある。
2匹のボーダーコリーたちは、鳥や動物たちが滑走路や航空機の針路に近づかないよう、彼らを追い払うために毎日8~11kmも走り続けているんだそうだ。
ネッドがチームに抜擢されたのは、ヤギやガチョウといった地上の生き物を追う訓練を受けていたからというのが大きいという。
そもそもボーダーコリーは牧羊犬として活躍してきた犬種である。犬の中でも最も知能が高いと言われており、的確な判断力と実行力、そして抜群の運動神経を誇っている。
学習能力も極めて高く、ネッドも先輩のヘラクレスの行動を見ながら、あっという間に任務を遂行するためのスキルを身につけてしまったようだ。
ヘラクレスが空港で仕事をする様子を観察することで、ネッドも同じ習慣を身につけ、ここまで成長してくれました。
自分がどこにいるべきか、どこにいてはいけないかを学び、誘導路や滑走路の端から離れる方法も知っています。
飛行機が離発着したり誘導路を進んだりするときは、伏せていることも学びました。そうすれば鳥は飛行機の前に飛び込んできませんし、犬たちも安全なのです
空港を訪れる人の心を癒すのも大事な仕事
彼らの仕事は、野生動物を追い払うことに留まらない。空港を訪れる人の中には、飛行機に乗るのが怖いという人もいる。
不安を抱えている乗客を見つけると、カイザーさんは犬たちをその人の元へ連れて行くことにしている。
緊張して泣いている人を何度も見てきました。そんな時、ヘラクレスを連れて行くと、彼は尻尾を振って微笑みながら近づいていくんです。
ヘラクレスが優しく寄り添うと、涙はあっという間に消えていきます。そして突然、みんな笑顔になるんです
イェーガー空港にはウェストヴァージニア州の空軍州兵基地も併設されており、民間機だけでなく、軍用機も同じ滑走路で離発着を行っている。
兵士たちにとっても、飛行機の安全を守ってくれる犬たちは、頼りになる存在なのだ。
実際にバードストライクが7割も減少
アメリカ連邦航空局によると、実は2023年だけで、アメリカの空港では約19,700件もの野生動物との衝突事故が報告されているそうだ。
ところがイェーガー空港では、この2匹の活躍で、なんとバードストライクの発生数が70%も減少したんだとか。
日本国内でも、バードストライクは年間千件以上発生しているんだそうだ。特に東京の羽田空港が、その発生件数の1割を占めているという。
日本の主な空港では人間によるバードパトロールを行って巡回を行っているほか、空砲を撃ったり煙火を上げたりして、鳥を近づけないようにしている。
さらにスピーカーを使って、「ディストレスコール(仲間の鳥が天敵に襲われた時の鳴き声)」を聞かせたりといった対策もとられているというが、どれも効果があるのは最初だけで、鳥の側が慣れてしまうと効果がなくなってしまうらしい。
そこで猛禽類を放って野鳥を近づけないようにする対策も試みられているが、これもすべての空港で常に可能なわけではない。
というわけで、今のところバードストライク対策としては、これと言って決定的な方法は確立されていないようだ。
日本でも今回のネッドとヘラクレスのように、犬の協力を仰ぐ手を考えてもいい時期に来ているのかもしれない。