生命内部に量子信号を発見、細胞が光で情報を伝えていた!
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 人間の脳や細胞、さらには細菌や植物まで、生物が「量子力学」の仕組みを使って、光で超高速の情報伝達をしていることが、アメリカの研究チームによって明らかになった。

 生命の中で、光がまるで“通信ケーブル”のように働いているという驚きの発見は、私たちの体の仕組みや病気、そして宇宙における生命の意味を考え直す大きな手がかりとなっている。

「生命とは何か?」から始まった問い

 1944年、アイルランドのダブリン大学トリニティ・カレッジで、理論物理学者エルヴィン・シュレーディンガー氏が「生命とは何か(What is Life?)」という講演を行った。彼は、非常に小さな世界を扱う「量子力学[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E5%AD%A6]」と生命の関係に注目した。

 量子力学とは、原子や電子など、私たちの目には見えないとても小さな粒(つぶ)の世界で働く特別なルールのことだ。

 たとえば、物が一度に2つの場所に存在したり、観察されるまで結果が決まらなかったりするなど、私たちが普段感じている世界とはまったく違う不思議な現象がたくさんある。

 コンピュータの中の小さな電子や、太陽の光を作る反応も、すべてこの量子力学で説明されている。

 この考え方が、今になって「生き物の中で実際に働いている」ことがわかってきたのだ。

 ちなみに、シュレーディンガー氏は「シュレーディンガーの猫」という有名な思考実験を考えたことでも知られている。

 箱の中にいる猫が、生きている状態と死んでいる状態が重なって同時に存在する、という量子力学の「重ね合わせ」の考えを説明するための例だ。この話は、量子の不思議さを考えるきっかけとして、今も多くの人に語られている。

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生命と量子力学のつながり

 アメリカ・ハワード大学の理論物理学者フィリップ・クリアン博士と、その研究所「量子生物学研究所(QBL)」のチームが発表したのは、まさにその生命と量子力学のつながりだった。

 彼らが注目したのは、「トリプトファン[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%97%E3%83%88%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3]」というアミノ酸だ。

 これは食べ物にふくまれる栄養成分で、たんぱく質の一部として体の中に存在する。特に脳や細胞の中に多くあり、神経の働きにも関わっている。

 このトリプトファンには、紫外線を吸収し、それより弱い光に変えて放つことができる特別な性質がある。

 研究チームは、トリプトファンが細胞の中で集まって「ネットワーク」を作っていることを確認した。

 たとえば「微小管(ミクロチューブル)」や「アミロイド線維(せんい)」など、細胞の形をつくる構造にトリプトファンがたくさん集まっている。

 そこでは、光が一斉に、しかも協力し合って放たれる“超放射”という現象が起きていた。

 これは、量子力学で説明される特別な現象で、トリプトファンのネットワークを通じて信号のように光が走るというものだ。

 この光の信号は、なんと「ピコ秒(1兆分の1秒)」という速さで伝わる。これは、私たちの脳が電気で信号を送るスピードよりも、何十億倍も速いことになる。

 つまり、生き物の細胞の中には、トリプトファンのネットワークを使った“光による情報伝達システム”があり、それが量子の力で超高速に働いているということになる。

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細胞を守る光の力、酸化ストレスからの防御

このトリプトファンが光を吸収して放つしくみには、もう一つ重要な役割がある。それは、細胞を「酸化ストレス」から守ることだ。

 酸化ストレスとは、体内で生まれる有害な活性酸素によって細胞がダメージを受ける状態のこと。これが進むと、アルツハイマー病などの脳の病気にもつながる。

 しかし、トリプトファンはこの有害な紫外線を吸収し、やさしい光に変えて放出することができる。

 つまり、トリプトファンは量子信号として情報を伝えるだけでなく、体の中で有害な光を和らげる守りの役目も果たしているのだ。

脳を持たない生き物も量子信号を使っている?

 この研究で特に注目されたのが、脳や神経を持たない細菌や菌類、植物などの生物にも、量子信号の仕組みがあるかもしれないという点だ。

 地球上の生物のほとんどを占めているこれらの生物が、量子の信号で情報を処理しているなら、私たち人間のような「脳」を持たなくても、高度な計算や判断ができるという可能性が出てくる。

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生命のしくみが、未来の技術と地球外生命につながる可能性

 このような量子信号は、量子コンピュータの研究にも大きなヒントを与えている。

 量子コンピュータは、従来のコンピュータよりもずっと速く、難しい計算をこなせる新しい技術だ。ただし、今の量子コンピュータは極低温(−270℃以下)でしか動かせないという大きな課題がある。

 でも、生き物の中では、常温の水の中でも量子現象が安定して働いている。このしくみを真似すれば、もっと強くて使いやすい量子技術をつくることができるかもしれない。

 この研究が明らかにしたのは、細胞の中の不思議なしくみだけではない。クリアン博士は、生き物が持つ情報処理の力そのものが、宇宙という巨大なシステムの一部として機能しているのではないか、と考えている。

 他の惑星や隕石の中にも、こうした量子信号の材料がある可能性があり、「地球以外にも情報をやりとりしたり環境に反応したりする、高度なしくみを持った生命がいるかもしれない」という夢のある話にもつながっていく。

 クリアン博士は、「量子の法則には限界があるけれど、生命はその中でも宇宙を知ろうとしている。私たちもその壮大な物語の一部だ」と語っている。

 身のまわりのすべての生き物、その細胞の中では、「光と量子の力を使った“目に見えない会話”」が日々くり広げられているのかもしれない。

 本研究は『Science Advances[https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adt4623]』(2025年3月28日付)に掲載された。

References: Science[https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adt4623] / Pubs.acs.org[https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jpcb.3c07936] / Scitechdaily[https://scitechdaily.com/scientists-just-discovered-quantum-signals-inside-life-itself/]

本記事は、海外の情報をもとに、日本の読者がより理解しやすいように情報を整理し、再構成しています。

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